立志・開拓・創作
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/08 00:32 UTC 版)
伊藤長七が、府立五中時代に生徒たちに熱弁を振るっていたとされるのが、「立志・開拓・創作」の三校是であった。今日の小石川中等教育学校でも連綿と受け継がれており、「自ら志を立て、自分が進む道を自ら切り拓き、新しい文化を創り出す」という意味で解釈され、同校の建学の精神となっている。長七は入学式で、新入生に対して以下のように三校是を説明している。 立志とは、昔、支那周代の大聖人、孔子が十有五で志を立て、学問を始められたように、それとほとんど同じ年頃の日本の男子が、高等普通教育を受けるために中学校に入学する志を立てることである。かのマゼランの世界一周、かの博士ヘディンの中央アジア探究、あるいはナンセン博士の極地探検、いずれが 開拓の精神の発露にあらざらん。さては高峰譲吉博士、野口英世博士のごとき、あるいは南米各地に移住植民せる同胞の若き男女のごとき、これらを真の開拓者という。しかり、しかれども、我らのいわゆる開拓者は、決して遠征家、海外移住者の如きに限れるにあらず。キュリー夫妻 のごとく、マルコーニ のごとき者、齢八十にして発明の意気なお颯爽、過去に成功せし一千百種の発明を基礎として、さらに新たなる大発明を企てるエジソン博士のごとき、これを真の開拓者という。創作とは、自分の力でできるだけの仕事を、自分でなし、自分で考え、自分で工夫し、他人のまねでない、何かを作り出すということである
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