突然段ボール
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突然段ボール | |
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出身地 | ![]() |
ジャンル | 前衛ロック[1] |
活動期間 | 1977年 - |
レーベル | |
メンバー | |
旧メンバー | 後述を参照 |
突然段ボール(とつぜんだんボール)は、日本のバンド。略称は突段。蔦木栄一(vo)、俊二(g)の兄弟を中心に1977年結成、以来日本のアンダーグラウンドシーンの重要なバンドとして活動し続けている。1980年、パス・レコードよりシングル『ホワイト・マン』でデビュー。
1989年10月14日放送の『三宅裕司のいかすバンド天国』(TBSテレビ)に出場(エントリーナンバー7)。演奏した曲のタイトルは「凍結」。「完奏」を果たし、ベストコンセプト賞受賞。なお、当時メンバーは2人だけだった。『イカ天年鑑 平成元年編』(ワニブックス)によると、練習場所は「近所の養鶏場の2階」だったという。
2003年、肝硬変のため栄一が逝去するが、弟の俊二を中心とし現在もバンドは活動している。
メンバー
過去に在籍していたメンバー
- 蔦木栄一:ボーカル、ドラムス ソロ名義は「H男」
- 渡部紀義:ベース
- 渡部義成:ベース
- 川上啓之:ベース
- 粟生こずえ:ベース
- 永田裕:ドラムス
- 平野智美:ドラムス
- 五所純子:コーラス
- 手計舞:コーラス
- 與板由希子:コーラス
- 中田絵美:コーラス
- 瀬尾麻梨奈:コーラス
- 國井倫明:ドラムス
- 與板久恭:ベース
- 松浦徹:ギター
- 中野善晴:ドラムス
- モーリー・ロバートソン:ベース
- チコ・ヒゲ:ドラムス
作品
アルバム
- 成り立つかな?(1981年、パス・レコード)
- Live At Loft Shinjuku Tokyo Japan 23 July '81(1982年、FLOOR) ※フレッド・フリス & 突然段ボール
- LOL COXHILL & Totsuzen Danball(1983年、FLOOR) ※ロル・コックスヒル & 突然段ボール
- 逆ねじ(1986年、FLOOR) ※20cmフォノシート
- 抑止音力(1991年、WAX RECORDS)
- 不備(1991年、アルケミーレコード)
- 好きだよ(1993年、WAX RECORDS)
- ワカラナイ(1995年、日本カセット・テープ・レコーヂング) ※ 石川浩司+突然段ボール
- スーパー(1995年、WAX RECORDS)
- 渋谷Club Quattro Live(1995年、日本カセット・テープ・レコーヂング)
- LOL COXHILL + 突然段ボール2(1998年、WAX RECORDS) ※ロル・コックスヒル & 突然段ボール
- 突然段ボールの感傷音楽(1999年、OZ disc)
- 管轄外(2001年、いぬん堂) ※突然段ボール+石川浩司 with おにんこ
- この世に無い物質(2002年、hormone tank record)
- お尋ね者(2005年、日本カセット・テープ・レコーヂング)
- 純粋で率直な思い出(2007年、PERFECT MUSIC)
- D(2008年、パス・レコード)
- 魂の一人旅(2010年、日本カセット・テープ・レコーヂング)
- ありきたりの進歩(2011年、P-VINE RECORDS)
- 突然段ボロイド(2013年、U-Rythmix Records) ※ボーカロイドをフィーチャーしたアルバム
- 超センシティブ(2014年、P-VINE RECORDS)
- 恋の波動(2018年、P-VINE RECORDS)
- マイ・ソング (2021年、いぬん堂)
- 変色するスカーフ (2024年、日本カセット・テープ・レコーヂング)
シングル、EP
- pass live(1980年、パス・レコード) ※GUNJOGACRAYYONとのカップリングEP
- ホワイト・マン/変なパーマネント(1980年、パス・レコード)
- 神経質プーハー(1984年、FLOOR) ※17cmLP
- デラックス・シングル(1999年、いぬん堂)
コンピレーション
- 初期未発表集 Vol.1(1996年、日本カセット・テープ・レコーヂング)
- アイ・ラブ・ラブ(1997年、OZ disc) ※未CD化/未発表音源集。3枚組
- 突段 未発表音源発掘!!(2013年、Youth Inc.) ※10枚組ボックスセット
脚注
出典
- ^ 岡村詩野 (2009年8月26日). “第6回――突然段ボール”. TOWER RECORDS ONLINE. タワーレコード. 2022年3月17日閲覧。
文献、映像資料
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出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。
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- 『蔦木語録』むかで屋(2020) ※蔦木俊二インタビュー
- ドキュメンタリー『回転禁止の青春シリーズ 天国注射の昼 ライブ・イン・日比谷野音 1983.8.21/9.17』東映ビデオ(1984)
- ドキュメンタリー『ロックに捧げた32年〜「突然段ボール」蔦木俊二』恩地紗代子(2010)
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 突然段ボール (@totsudan) - X(旧Twitter)
- 突然段ボール 蔦木俊二 (@lionjapan) - X(旧Twitter)
- Totsuzen Danball Blog
- TOTSUZEN DANBALL アーティスト情報(P-VINE, Inc.)
- 突然段ボール - Discogs
- 突然段ボールHP
突然段ボール (#7)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 16:50 UTC 版)
「三宅裕司のいかすバンド天国に出場したバンド」の記事における「突然段ボール (#7)」の解説
1977年結成という古強者。業界ではその名を知られたマニアックユニット。濃いキャラクターで強い印象を残したが(このときの楽曲は「凍結」)、カブキロックスに敗北した。元々メンバーは3人であったが、出演当時はドラムが脱退して2人で出場した。結成から出場まで、途切れることなく活動を継続していた息の長いバンドである。彼らのバンド名を真似した突撃ダンスホールの活躍に刺激され、居ても立ってもいられなくなり出場を決意したというのが出場の理由であった。相原勇はこちらが元祖であることが不思議そうであった。三宅裕司が「ついにプロが登場しました!」とコメントしたが、実際には出演当時は音楽関係の仕事は引退しており「元プロ」であった。練習は養鶏場の二階を無料で借りて行っていた。今日でも活動を継続しており、公式ホームページも持っている。メンバーはボーカルが2003年に亡くなったため、イカ天出演当時とは変わっている。キャラクターが重なるたまのメンバー石川浩司とも親交があった。審査員のグーフィー森は彼らのファンであった。
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