短編映画『ルシファー・ライジング』
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 01:58 UTC 版)
「ケネス・アンガー」の記事における「短編映画『ルシファー・ライジング』」の解説
1966年に撮影が始まったとされるが、フィルムが盗難にあったことや度重なるキャスティングの変更、製作資金の問題などのトラブル続きで、いちどは制作が放棄された経緯をもつ。また作品へ深く関わったボビー・ボーソレイユ(Bobby Beausoleil)がアメリカ犯罪史に残る凶悪殺人を犯すなどの諸事情も影響してか、1980年まで公開が難航した。 アンガー自身の発言によると、いちど撮影を放棄した『ルシファー・ライジング』のフィルムは、1969年の作品『我が悪魔の兄弟の呪文』へ断片的に流用された。 一方でサウンドトラック制作にはレッド・ツェッペリンのギタリストであるジミー・ペイジが関わったとされ、長年にわたって出どころ不明の音源が海賊盤として世界中で広く流通してきたことでも、コアな音楽コレクターやロック・ファンの間で知られている。なお、これら非公式な音源はいずれも劇中では使用されていないが、これらの経緯については後述する。 ボーソレイユには現在でも一部のマニアに根強く支持されるサイケデリック・ガレージロック・バンド、ラヴのアーサー・リー(Arthur Lee)と活動を共にしていたという経緯があった。そのためかボーソレイユは公式に「ボビーボーソレイユ&フリーダム・オーケストラ」として『ルシファー・ライジング』のサウンドトラックも手がけることとなる。また、劇中では役者としてルシファー役を演じている。 1966年にフィルムが盗難にあったため1972年に再撮影されたが、この再撮影ヴァージョンには、ミック・ジャガーとも関係が深いマリアンヌ・フェイスフルが出演した。また、ボーソレイユが演じたルシファーも当初はミック・ジャガーの弟であるクリス・ジャガーが配役されて撮影を進められていたが、再撮影にあたって出演シーンが削除、差し替えられた。
※この「短編映画『ルシファー・ライジング』」の解説は、「ケネス・アンガー」の解説の一部です。
「短編映画『ルシファー・ライジング』」を含む「ケネス・アンガー」の記事については、「ケネス・アンガー」の概要を参照ください。
- 短編映画『ルシファーライジング』のページへのリンク