琵琶湖疏水との交差部分
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/07 14:42 UTC 版)
「長等山トンネル」の記事における「琵琶湖疏水との交差部分」の解説
長等山トンネルのキロ程2km700m付近で下り線・上り線と琵琶湖疏水の第1疏水(の第1トンネル)・第2疏水(の連絡トンネル)が交差し、最も接近する部分では下り線と第1疏水との距離が6.43m、下り線と第2疏水との距離が8.40mしか離れてない。そのため、トンネル施工や開業後の列車通過の振動が琵琶湖疏水に影響を与えないよう、京都市水道局と協議が行われた。 協議や調査の結果、琵琶湖疏水の両トンネルは古いレンガ巻で、トンネル施工や列車通過の振動に耐え難いため、1968年(昭和43年)2月から同6月まで第1疏水の200mの区間、同10月から1969年(昭和44年)3月まで第2疏水の120mの区間で、レンガ巻を取り壊しコンクリート巻にする等の改築補強工事が行われた。また、本トンネル施工の際に発生する振動の最大許容値も定められ、補強区間(コンクリート巻区間)では加速度20,000gal、非補強区間(レンガ巻区間)では加速度2,000galと定められた。 本トンネルの導坑の掘削では、1968年(昭和43年)12月12日、キロ程2km610m付近での発破で琵琶湖疏水の非補強区間で最大許容値を超える2,285galが記録されたため、翌日13日からは導坑を上部・下部の2回に分けて発破する処置が取られた。その後は最大許容値を超えることなく、非補強区間との距離が離れるに連れ振動が減少してきたため、同16日のキロ程2km630m付近からは再び導坑を1度に爆破することとし、掘削が進められた。 その一方、キロ程2km632mまでの岩石は主に粘板岩で、2km635m以降は石英斑岩となり、粘板岩から石英斑岩の岩塊に入った際に伝わる振動が急に大きくなることが事前に分かっていた。そのため、掘削工事が琵琶湖疏水との交差部に差し掛かった際には補強区間に伝わる振動が最大許容値の20,000galを超える懸念があったため、振動が大きくなる区間からはプレ・スプリッティング工法で施工されることとなった。また、どの程度振動が減少するのかを検証するために予備実験が行われ、同19日からこの工法で施工が進められた結果、予想よりはるかに小さい値に振動を抑え、掘削を進めることができた。 このようにして、最も接近している下り線と第1疏水との交差部の掘削は無事通過し、第1疏水より更に地下へ2m離れている第2疏水にも影響を与えることなく通過した。導坑掘削後の上部半断面の掘削でも、最終的に非補強区間に与えた振動が最大400gal、補強区間に与えた振動が最大5,000galと導坑よりも小さな値で施工が進められた。また、この交差部の掘削を終えた後に、琵琶湖疏水のトンネル内で詳細な調査が行われたが、特に異常がないことが確認された。
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