独立から南北スーダン国境紛争の終結まで(2011~2013年)
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南スーダン独立の前日である2011年7月8日、国連安保理決議1996が採択され、南スーダンの平和維持活動を担う国際連合南スーダン派遣団(国連南スーダン共和国ミッション、UNMISS)が現地で活動を開始。同年11月に日本はUNMISSに司令部要員を派遣し、翌2012年1月からは自衛隊施設部隊も派遣されている(自衛隊南スーダン派遣)。 同年4月、南北スーダン国境界部の油田地帯を巡って武力紛争が勃発したが、国連安保理は南北スーダンいずれにも肩入れせず両国を非難、5月2日には両国に対して即時停戦を要求した。翌2013年1月、南北スーダン両首脳がエチオピアのアディスアベバで会談し、産油地帯の扱いに関する暫定的な取り決めで合意。その後も何度が偶発的な衝突が起こっているものの、南北スーダンの武力紛争は一応の終息を見た。 2013年5月、国を空けて外遊できる貴重なチャンスを捉えて、サルバ・キール・マヤルディ初代大統領が初めて訪日。5月31日、キール大統領は安倍晋三内閣総理大臣との首脳会談を行い、翌6月1日から第5回アフリカ開発会議(TICAD V)にも参加した。なお、日本の元首級である内閣総理大臣、天皇ともに、これまで南スーダンを訪問した実績はない。 同年7月1日、首都のジュバに在南スーダン日本国大使館が開設。赤松武が参事官に就任し、同年10月11日に特命全権大使に昇格した。
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