海保漁村とは? わかりやすく解説

かいほ‐ぎょそん【海保漁村】

読み方:かいほぎょそん

[1798〜1866]江戸後期儒学者考証学者。上総(かずさ)の人。名は元備、字(あざな)は純卿など。太田錦城師事佐倉藩儒から、のち幕府医学館儒学教授著作に「漁村文話」など。


かいほぎょそん 【海保漁村】

江戸末期儒学者上総の人。名は元備。太田錦城学び名著周易占法』で知られる。(一七九八~一八六六)

海保漁村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/15 19:33 UTC 版)

海保 漁村
人物情報
生誕 寛政10年11月22日西暦1798年12月28日
上総国武射郡北清水村(現・千葉県山武郡横芝光町北清水)
死没 慶応2年9月18日〈西暦1866年10月26日
出身校 太田錦城私塾
両親 父・海保修之
学問
学派 考証学
研究分野 儒学漢学
研究機関 成徳書院(佐倉藩校)
躋寿館(幕府医学館)
影響を与えた人物 島田篁村信夫恕軒鳩山和夫渋沢栄一
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海保 漁村(かいほ ぎょそん、寛政10年11月22日西暦1798年12月28日〉 - 慶応2年9月18日〈西暦1866年10月26日[1])は、幕末考証学派儒学者漢学者。名は元備紀之。字は純卿春農。通称は章之助。別号は伝経廬徳川300年屈指の大儒と称されながら、庶民教育に徹した。

生涯

安房里見氏の血筋を引き、寛政10年11月22日、上総国武射郡北清水村(現・千葉県山武郡横芝光町北清水)の村方の医師たる海保修之の三男として生まれる。

22歳の時、学問で身をたてることを決意して江戸に出る。幕府御殿医たる多紀桂山の内弟子などを経て、儒学者たる太田錦城の塾に入門。やがて門下の第一人者となり、27歳で儒学者として独立。下谷久保町(現・東京都台東区)に「掃葉軒」を開塾した。当時の多くの私塾が武士や豪農の子弟を優遇したのと異なり、身分の隔たりなく庶民の子弟に学問を教え、その成果は当時の儒学界で高く評価された。

晩年の漁村は、佐倉藩校成徳書院で儒学を講義するとともに幕府医学館の躋寿館の儒学教授として多くの学生を指導し、生涯を庶民教育と日中の古典研究に捧げた。

慶応2年9月18日、69歳で他界。墓所は江戸本所の普賢寺。普賢寺は後に移転し、現在は東京都府中市紅葉丘に所在する。生家跡は、「海保漁村先生誕生之處」として、昭和14年(1939年)12月15日に千葉県の指定史跡となった。

著作

ほか。

門人

著名な門人に、明治漢学の泰斗島田篁村[2]、漢学者で文章家の信夫恕軒、政財界の重鎮鳩山和夫渋沢栄一がいる。

年譜

  • 寛政10年(1798年) - 上総国武射郡北清水村(現・千葉県山武郡横芝光町北清水)の「海保修之」の三男として生まれる。
  • 文政4年(1821年) - 儒学者「太田錦城」の塾に入門。27歳の時に儒学者として独立。
  • 天保元年(1830年) - 江戸下谷久保町(現・東京都台東区)に「掃葉軒」を開塾、身分の隔たりなく庶民の子弟に学問を教える。
  • 天保14年(1843年) - 佐倉藩の「成徳書院」の儒官となる。
  • 安政4年(1857年) - 幕府の医学館(躋寿館)の儒学教授となる。
  • 慶応2年(1866年) - 69歳で亡くなる。墓所は江戸本所(現在は東京都府中市紅葉丘)の普賢寺。

脚注

  1. ^ 海保漁村』 - コトバンク
  2. ^ 町泉寿郎 著「日本漢学略史―日本における中国学術文化の〝学び〟―」、二松學舍大学文学部中国文学科 編『改訂新版 中国学入門: 中国古典を学ぶための13章』勉誠出版、2017年。ISBN 978-4585200567 178頁



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