沿革 藤原歌劇団(法人化以降・洋楽オペラ部門)
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1981年(昭和56年)4月以降も引き続き1984年(昭和59年)まで下八川共祐が製作を担当。1985年(昭和60年)に総監督に五十嵐喜芳が就任。外来アーティストを積極的に招聘する方針をとった。1986年(昭和61年)ヴェルディ『仮面舞踏会』で初めて本格的な字幕、以後急速に定着した。 1993年(平成5年)10月からは粟國安彦の息子である粟國淳が演出助手に加わり、1997年(平成9年)ドニゼッティ『愛の妙薬』で演出家デビュー。現在も粟國淳が新演出を含む多くの演出を手掛けている。 1999年(平成11年)五十嵐喜芳の新国立劇場芸術監督就任に伴い、日本オペラ振興会常任理事の下八川共祐が制作に復帰。2003年(平成15年)9月より、バス歌手である岡山廣幸が公演監督に就任。2014年(平成26年)からは岡山が総監督に就任。2015年(平成17年)4月よりバリトン歌手の折江忠道が新公演監督に就任、2016年(平成28年)に総監督に就任した。 1981年(昭和56年)の法人化以降、2018年(平成30年)12月までの公演回数は238回にのぼる。積極的な外来アーティストの招聘や、新演出、イタリアオペラを中心としたプログラム構成は2020年(令和2年)現在も継続している。
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