永小作権の沿革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/13 07:58 UTC 版)
江戸時代における小作の実情は地主と小作人との関係や藩の農民政策により態様は異なるとされるが、一般には普通小作とは異なり永小作人の地位は独立しており、それは分割所有権的性格をもっていたとされる。明治政府は地租改正において小作料の徴収権者に地券を発給して唯一の所有権者としたため、小作人は用益権者の地位に転落した。また、明治23年の旧民法での永小作権は所有権的内容に近いものであったが(民法典論争参照)、これに代わる明治31年施行の明治民法は永小作権の存続期間を50年とし(第270条)、また、民法施行法47条も民法施行前に設定された永小作権の存続期間を原則として民法施行の日から50年にとどめたため永小作人の不満を生じることとなった。そのため民法施行法47条の3項において「民法施行前ニ永久存続スヘキモノトシテ設定シタル永小作権」について、所有権者の償金支払による消滅請求と永小作人の所有権買取について追加されたが、所有権者による永小作権消滅請求が優先する点、永小作人に土地所有権の買取義務を定めていた点、買取価格が不確定である点などで問題を抱えていた。 第一次世界大戦後には小作争議が頻発したため、大正13年に小作調停法、昭和13年に農地調整法が制定されたが、これらは小作関係の実体を変更するものではなかったとされる。第二次世界大戦後の農地改革を経て昭和27年に農地法が制定されるに至る過程で、永小作権は買い上げの対象となり自作農への移行が図られ小作関係は整理されることとなった。 一般に永小作権は現在ではほとんど利用されていないと理解されている。ただ、統計上、1899年から1990年まで10万3239件の登記があったことが指摘されている。
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