有性生殖における赤の女王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 09:57 UTC 版)
「赤の女王仮説」の記事における「有性生殖における赤の女王」の解説
W.D.ハミルトンは1980年から90年にかけて、M・ズック、I・イーシェル、J・シーゲル、R・アクセルロッドらと共に、遺伝的多様性が適応や進化の速度を向上させるという従来の説を種の利益論法だと批判し、多くの生物で遺伝的多型が保持されているのは多型を支持するような選択圧が常に働いているためで、その選択圧をもたらす者は寄生者であると主張した。種やその他の集団レベルにおける進化を認めてきた古典的な理論とは対照的に、赤の女王効果は遺伝子レベルでの有性生殖の利点を説明することが可能である。 サイエンスライターのマット・リドレーは、1995年の著書『赤の女王』の中で、有性生殖の適応的な利点についてのこれらの議論をまとめ、ヴァン・ヴェーレンから借用した「赤の女王」の名を当てた。有性生殖の有利さは、常に変化するような環境に棲む生物で発揮される。有性生殖する生物にそのような環境の変化をもたらす者は寄生者(寄生虫、ウイルス、細菌など)と考えられる。寄生者と宿主の間での恒常的な軍拡競争において、この具体例が確認できる。一般に寄生者はその寿命の短さにより、より速く進化する。そのような寄生者の進化は、宿主に対する攻撃方法の多様化を招く(つまり、宿主にとって環境が変化する)。このような場合、有性生殖による組み替えで常に遺伝子を混ぜ合わせ短期間で集団の遺伝的多様性を増加させ続けることは、寄生者の大規模な侵略を止める効果を果たすと考えられる。実際、ボトルネック効果などによって遺伝的多様性が失われた個体群は感染症に弱いことがわかっている。通常分裂(無性生殖の一つ)を行う生物(ゾウリムシや大腸菌など)でも環境によっては接合(有性生殖の一つ)によって遺伝子を混ぜ合わせることは可能である。すなわち寄生者との間で周期的な軍拡競争を行っている生物では、性が寄生者に対する抵抗性を維持するための仕組みであると考えられる。赤の女王仮説は性の起源を説明する理論ではなく、性が維持されるメリットの一つを説明する理論である。 ただし、よく見逃されるが、この理論は「性(遺伝子の定期的な交換)」の存在はよく説明しているものの、雌雄の存在は説明していないことに注意を払う必要がある。上記の性の2倍のコスト、つまり繁殖に限定的な関与しかない「雄」の存在を説明するものではない。ちなみに、雌雄別が主流となっている生物群は動物のみであり、他の生物群では雌雄同体(同一個体が大小2種類の配偶子をつくる)ないしは性差がない(配偶子の大きさがほとんど変わらない)が主流である。
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