春團治十三夜
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「桂春団治 (2代目)」の記事における「春團治十三夜」の解説
『春団治十三夜』(はるだんじ・じゅうさんや)は、朝日放送ラジオの開局記念特別番組として企画されたもので、1951年11月13日から翌年・1952年2月5日にかけての13週にわたり、毎週土曜午後9時から9時30分に録音放送された。スタジオ内に観客を招き、古典上方落語を毎週1席ずつ口演するという内容であった。朝日放送には番組内容を収録した録音テープが『いかけや』『黄金の大黒』『ろくろ首』の3回分を除いて残されており、CD音源化されている。 2代目は、妻の河本寿栄(マネージャーを兼務していた)がお囃子の仕事で外出中に独断でオファーを受けてしまった。心臓弁膜症をかかえた状態で、13席の異なったネタを客前で連日録音するような高負担の仕事をさせられないと感じた寿栄は、一度オファーを断っている。しかし、朝日放送から1回あたり3万円のギャラを提示され(当時の芸人の放送出演料最高額は初代柳家三亀松の30分あたり2万円が最高額であり、それを上回った)、出演契約が成立。「日本一の笑芸人」として録音に臨むことになった。ただし、河本寿栄は回想録で、3万円というギャラは自分から朝日放送に提示したと述べている。 放送された演題 阿弥陀池(1951年11月13日) 猫の受難(1951年11月20日) いかけや(1951年11月27日) 壺算(1951年12月4日) 打飼盗人(うちがえぬすっと)(1951年12月11日) 祝い熨斗(いわいのし)(1951年12月18日) 豆屋(1951年12月25日) 黄金の大黒(1952年1月1日) 二番煎じ(1952年1月8日) ろくろ首(1952年1月15日) あんま炬燵(こたつ)(1952年1月22日) 青菜(1952年1月29日) 近日息子(1952年2月5日)
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