日本国外メーカーの動向
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/23 08:59 UTC 版)
「8ビット御三家」の記事における「日本国外メーカーの動向」の解説
なお、同時期における日本国外の8ビットパソコンメーカーは、国内メーカーの熾烈な競争があった日本市場に参入できず、コモドールやApple Computer、タンディ・ラジオシャックなど世界市場でシェアの高い製品は、個人輸入規模や代理店を立てて細々と輸入されていたに過ぎなかった。その一方で日本メーカーの8ビットパソコンも国外では振るわず、ほぼ鎖国状態となっていた。米国メーカーは、最重要販売拠点に米国国内、次いで欧州を設定し、日本はその次に位置づけられていた。各社ともNTSCモデル以外に、PAL/SECAMモデルを投入していた。また、日本語ローカライズの困難さも普及を妨げる一因だった。1byte文字圏である欧州対応版であれば米国内でローカライズも簡単にできるが、かなや漢字を扱うには文字処理の仕組みそのものを変えなければならなかった。加えて、マニュアルの日本語化の問題もあった。それらの問題を解決したとしても、投入した経営資源に見合った利益を得られるほど日本の市場は大きくなかった。そのため、日本支社を設立して拡販するまでには至らなかった。しかしながら、秋葉原、日本橋、大須などではApple IIなどの海賊版基板(クローン基板)によるデッドコピー製品が流通していた。
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