日本国内で登り窯が見られる主な産地
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「登り窯」の記事における「日本国内で登り窯が見られる主な産地」の解説
丹波立杭焼(兵庫県丹波篠山市今田地区) 日本六古窯のひとつであり、約400年にわたって窖窯時代が続いた後、桃山時代末期に至り自然の地形を利用した登り窯が築かれ、現在も約60軒の窯元が残る。 信楽焼(滋賀県甲賀市信楽) 日本六古窯のひとつであり、中世末期頃より窖窯によって壺、甕、擂鉢などの焼き物づくりが始められた。近世では茶器も多くつくられ、幕末には陶器製灯明具の一大産地であった。 備前焼(岡山県備前市) 日本六古窯のひとつであり、中世より窖窯によって壺、甕、擂鉢、硯などの焼き物づくりが始められた。近世では茶器も多くつくられた。釉薬を使用せず焼締めのみにより製造される。江戸時代前期以前のものは「古備前」と呼ばれ珍重されている。 唐津焼(佐賀県唐津市) 「唐」へ至る「津」、すなわち「中国へ続く港」という意味であり、室町時代から桃山時代にかけて壺、甕、皿、徳利などの日用品を多く産出したのが始まりといわれる。茶器の名品も多い。 楢岡焼(秋田県大仙市) 1863年(文久3年)に地元旧家の小松清治が、寺内焼の陶工を招き窯を作らせたのが始まりといわれる。鮮やかな青色で知られる。 益子焼(栃木県益子町ほか) 19世紀の中頃に笠間焼の影響を受けて始まったとされ、日用品が多く焼かれ江戸でも多く使われた。 壺屋焼(沖縄県読谷村) 琉球王府によって1682年に現在の那覇市壺屋に開窯した窯場を起源とする。周辺環境の変化により登り窯は読谷に移ったが、壺屋焼の名称は現在も継承している。
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