日本におけるILGAの活動とは? わかりやすく解説

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日本におけるILGAの活動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/02 14:00 UTC 版)

国際レズビアン・ゲイ協会」の記事における「日本におけるILGAの活動」の解説

ILGA日本支部は「IGA日本」として1984年発足したゲイ雑誌アドン」の編集長当時)の南定四郎IGA本部呼びかけ応えて活動始めたもの。同年には(東京から見て支部としての位置づけで「IGA日本・大阪」もできているが、1988年第一回全国大会後に南より「今後ILGAの名称を使うことは認めない」という通知届いたことにより、「OGC」(大阪ゲイ・コミュニティ)として独立した。「日本でのIGA活動に関しては、自分任されいるから」というのがその理由だったが、ILGAは各LGBT団体個別加盟できる組織であり、南の通知越権行為であった1986年発足の「OCCUR」(後「動くゲイとレズビアンの会」と名乗る)もILGA日本から分離独立したものである。またILGA日本には青年部門「together」があったほか、togetherメンバー設立運営に関わった「GLOW」や「AIDSケアプロジェクト」などの源流にもなった。1991年には東京国際レズビアン&ゲイ映画祭ILGA日本加盟する非営利団体として発足した当初月一回のセミナー開催機関誌JOIN」の発行と共に、エイズパニックが起きた時期ということもあり、「エイズ110番」の開設などが行われた。東京四谷に「IGAクラブ」という、賛同者らがミーティングなどに使えるパブリックスペースがあった。以下に活動史触れるが、1996年活動基盤になっていたアドン廃刊されたこともあり、同年第3回東京レズビアン・ゲイ・パレード以降目立った活動見られなくなった1986年5月1日3日まで、アジア初の「第一回アジアゲイ会議」が開催された。 1987年8月17日22日第一回全国大会OCCURメンバーなども参加)が開かれ、「ILGA日本」に改称された。 1994年8月には、日本初の「東京レズビアン・ゲイ・パレード」がILGA日本中心となった実行委員会主催開かれた

※この「日本におけるILGAの活動」の解説は、「国際レズビアン・ゲイ協会」の解説の一部です。
「日本におけるILGAの活動」を含む「国際レズビアン・ゲイ協会」の記事については、「国際レズビアン・ゲイ協会」の概要を参照ください。

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