日本におけるFMX
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 09:07 UTC 版)
「フリースタイルモトクロス」の記事における「日本におけるFMX」の解説
日本では、アメリカにおいてFMXが始まった1990年代より情報としては入って来てはいたが、当時はまだライダーが個人的に楽しむ域を出ておらず、知る人ぞ知るスポーツであった。この状況に変化が生じたのは、モトクロスライダーの佐藤英吾がフリースタイル専門のモトクロスチーム「MX-VIRUS」を立ち上げてからである。佐藤は乗っているバイクのメーカーを問わずにFMXが好きなライダーを集めてチームを結成し、全国各地のイベントでデモンストレーションを行い、FMXの存在を世間一般にアピールした。それと並行して「MX-VIRUS」は海外のイベントにも積極的に参加。佐藤は2005年からRed Bull X-Fightersに毎年参戦し、2009年には最高位2位、年間ランキング3位の成績を残すなど長年日本のFMXシーンを牽引してきたが、2013年2月28日に練習中の事故で他界した。 また「MX-VIRUS」メンバーの東野貴行は、アメリカのFMXの第一人者であるブライアン・ディーガンに素質を見込まれて彼のチームに参加、アメリカに活動拠点を移している。その後東野は2010年、エックスゲームズ16のモトX・ベストトリックで銅メダルを、2012年にはモトX・フリースタイルで金メダルを獲得。さらに2013年6月、日本で初めて開催されたRed Bull X-Fighters大阪大会で優勝するなど、世界トップクラスのFMXライダーとして活躍している。 2013年現在、日本においてはまだ競技としてのFMXは定着しているとは言い難い。しかしパフォーマンスとしての人気は見た目の分かりやすさや派手で豪快なトリックなどから徐々に高まっており、イベントとしては全国各地で見る事ができる。
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