勅使河原
勅使河原
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/07 06:39 UTC 版)
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勅使河原 | |
---|---|
北緯36度15分12.22秒 東経139度7分59.46秒 / 北緯36.2533944度 東経139.1331833度 | |
国 |
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都道府県 |
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郡 | 児玉郡 |
市町村 | 上里町 |
人口 | |
• 合計 | 1,671人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
369-0311[2] |
市外局番 | 0495[3] |
ナンバープレート | 熊谷 |
勅使河原(てしがわら)は、埼玉県児玉郡上里町の大字。郵便番号は369-0311[2]。旧賀美郡勅使河原村。日本人の姓の一つとしての勅使河原もこの地名が発祥である。
地名の由来
勅旨田のあった河原という意味である。
地理
上里町西部に位置する。神流川が流れる。
歴史
沿革
- 1876年(明治9年) - 第2次府県統合により、埼玉県の管轄となる[4]。
- 1879年(明治12年) - 賀美郡に所属する[4]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、勅使河原村、金久保村、黛村、毘沙吐村が合併し賀美郡賀美村が成立し、賀美村の大字勅使河原となる[5]。
- 1896年(明治29年)3月29日 - 郡制の施行により賀美郡が児玉郡、那珂郡と統合し児玉郡となる[6]。
- 1954年(昭和29年)5月3日 - 賀美村が神保原村、七本木村、長幡村と合併し上里村の大字となる[7][8]。
- 1971年(昭和46年)11月3日 - 町制を施行し上里町の大字となる[7]。
世帯数と人口
2015年(平成27年)10月1日現在現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
勅使河原 | 585世帯 | 1,671人 |
小・中学校の学区
番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 上里町立賀美小学校 | 上里町立上里北中学校 |
交通
道路
鉄道
地区内には鉄道は敷設されているが駅は無い。高崎線神保原駅、もしくは群馬県高崎市の新町駅が最寄り駅となっている。
施設
- 上里カンターレ
- 大光寺
- 丹生神社
脚注
- ^ a b “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat)”. 総務省統計局 (2017年5月30日). 2017年9月10日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月2日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ a b c 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 574-575頁。
- ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 275頁。
- ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 257-258頁。
- ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 1426頁。
- ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 259頁。
- ^ “上里町立小中学校通学区域に関する規則”. 上里町. 2017年11月2日閲覧。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
関連文献
関連項目
勅使河原(てしがわら)
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「日和ちゃんのお願いは絶対」の記事における「勅使河原(てしがわら)」の解説
土堂中学校の教頭。非常事態下での小中高合同文化祭の開催に難色を示すどころか、深春とともに交渉に訪れた絵莉を侮辱する言葉を言い放つ。
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