政治理念として
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/30 16:07 UTC 版)
現代の歴史家たちは、このサルマティズム伝統において重要だったのは「サルマティア起源説」の類ではなく、ジェチポスポリタ(共和制国家)の多民族社会・多文化社会の統治のあり方を模索できたことだったと考えている。法と秩序、自治、官職公選といった政治体制の形成はサルマティズムと密接不可分の関係にあったのである。選挙で選ばれる国王は、それでも国家の中心を占めていたものの、その権限は様々な立法と要求によって著しい制限を受けていた。さらに言えば参政権、つまりセイムやセイミクへの選挙権を持っているのはシュラフタ(とはいえ膨大な数であったが)だけである。またセイムの成員はいわゆる自由拒否権(ラテン語: liberum veto)の行使によって、議決や立法の流れを止めることさえ可能だった。そして最終的には、国王が貴族の特権について制限したり疑問視したりしようとした場合には、拒否権を行使して国王の行動を阻んだり、軍事力で国王を排除するという状態にいたったのである。ジェチポスポリタの政治体制は貴族階級すなわち「共和国市民」にとっての最良の世界であり、現在のポーランド議会(セイム)の最古の形態だと言われる。この共和制はヘンリク条項を基礎としたものだと言われており、この共和政を否定しそのための行動をする者は重い罪に問われた。
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