排水機場の建設
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/09 05:05 UTC 版)
流域は海抜が低いうえに砂丘に阻まれて排水が悪いため、亀田郷と同様に県内有数の低湿地帯となっており、田畑はたびたび浸水被害を受け、湿田のため農作業には困難が伴っていた。そこで国営事業によりポンプの力で排水するための施設である旧新井郷川排水機場(計画排水量99m³/s)が1954年に一部稼働し、1961年に完成した。さらに1970年に国営福島潟干拓事業により併設排水機場(計画排水量11m³/s)が建設された。その後これら二つの排水機場が老朽化したため1995年に国営阿賀野川右岸土地改良事業により現新井郷川排水機場(計画排水量110m³/s)に統合して建て替えられている。 当時東洋一と言われた旧新井郷川排水機場であったが能力には限界があり、1966年の7・17水害(下越水害)、そして翌1967年の8・28水害(羽越水害)では加治川が氾濫するなどして新井郷川流域は大規模な浸水被害を受けた。それゆえ1978年に阿賀野川へ別途排水するための胡桃山排水機場の事業に着手していたが、同年6月の豪雨でも新井郷川流域では各所で溢水氾濫を生じた。この豪雨水害により激甚災害対策特別緊急事業の採択を受けて胡桃山排水機場(計画排水量30m³/s)の建設が促進され、1982年に稼働を開始した(その後1997年に計画排水量50m³/sへ増強された)。
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