技術的変化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/09 09:16 UTC 版)
技術的変化(ぎじゅつてきへんか、英:Technological change,TC)または 技術開発(ぎじゅつかいはつ)とは、技術やビジネスプロセスの発明や革新、それらの普及の過程全体を指す[1][2]。
この定義通り、本質的には技術的変化という概念には、技術(ビジネスプロセスも含む)の発明に限らず、新規技術を生み出す研究開発による成果をオープンソースとしての商業化・リリース、低価格化などを目的とする継続的な改良、社会や産業界への普及(破壊的技術や技術的収束も含む)といった幅広い要素を含んでいる。端的にいえば、技術的変化は量と質の両面で技術を良くすることを指すといえる。

技術的変化のモデル化
初期の技術的変化はイノベーションの線形モデルで描写することができたが、現在はこの単純なモデルの大部分は適用されることはなく、代わりに研究・開発・普及・使用の全ての段階における技術革新を考慮したより複雑なモデルが用いられている。
この「技術的変化のモデル化」について話される場合、多くの場面で技術革新のプロセスについて意図されている。このうち継続的な改良のプロセスは、多くの場合時間が経つにつれて低コスト化が進むこと(例えば、燃料電池の価格は実用化以降毎年安くなっている)を示す曲線として描かれる。また、技術的変化の関数を学習曲線を用いて定式化することも多い[3][4]。
例:CT を技術的コスト、N を累計生産量、a 、b を技術的課題によって変わる変数とするとき
拡散の数学的処理については「ロジスティック方程式」をご覧ください。
拡散、特に技術の場合の普及とは、社会・産業界に技術が広がり浸透していくことを指す[9]。
普及学において、技術理論の普及は一般的にロジスティクス関数によるS字の曲線を描く。これは、技術の初期段階では失敗例が多いが、その後技術革新に成功し、高いレベルで適合していくが、最終的にはその技術はほかの技術に追いつかれ始めることも相まって市場を飽和させ、採用率は低くなっていくことを反映している[10]。
たとえばパソコンの例では、家庭にとどまらずワークステーションやウェブサイトを維持するサーバーなどのビジネスの分野にまで広く、深く普及している。
社会変化の中の技術的変化
社会的プロセスとしての技術的変化の概念を支えているのは、社会における状況と意思疎通が重要であるという共通認識である。この認識におけるモデルのもとでは技術的変化は、文化的環境や政治制度・マーケティング戦略によって大きな影響を受ける、生産者や技術の採用者・その他政府といった人々・組織が関与して進められる[11]。
自由市場経済において、技術的変化を最も強く動機づけるモチベーションとなるのは、利益を最大化することである。一般的に、生産業者の経営者の収入を増加させることに確約がある技術だけが開発され、市場に投入される。逆に言えば、いくら社会のニーズを満たす技術であっても、経営者からの経済的な要求を満たせない製品は揮発段階で除かれていく。そのため、技術的変化は資本の経済的要求を満たすために強く偏った社会的プロセスと言える。たとえば技術の開発・市場化前に投票でその技術の社会的・環境的な利点について評価するといった、経営者ではない平均的な一般市民が技術的変化の方向性の決定に参加できるような民主的なプロセスは、未だ存在していない[12]。
普及の要素
技術的変化のプロセスにおいて鍵となる重要な要素として強調されてきたのが、
- (1)革新的な技術の存在
- (2)その技術が特定の経路で伝達されていくこと
- (3)その技術がやがて社会システムにまで伝わっていくこと
- (4)一定の期間にわたってその技術を採用する人が現れること
の4つである。この要素は社会学者のエヴェリット・ロジャースが提唱したコミュニケーション型アプローチによるイノベーター理論にも表れている[13]。
技術革新
ロジャースは、技術が受け入れられるかどうかに影響を及ぼす革新的技術には5つの主要な属性があると提唱し、これをACCTOと呼んだ。この語は優位性(Advantage)・互換性(Compatibility)・複雑さ(Complexity)・試用可能性(Trialability)・観察可能性(Observability)に由来する[14]。
相対的な優位性は経済的か非経済的かを、さらに同じニーズを満たす従来の技術革新と比べた度合いである。これは採用率と正の相関があり、相対的に優位性が大きいほど、高い割合で採用される[15]。
互換性とはこの場合、新技術が既存の価値観や過去の経験則、習慣、潜在的な採用者のニーズに一致する度合いであり、これが低いと採用率は低下する[16]。
複雑さは新技術の理解のしやすさ・使いやすさがどの程度に思われるかの度合いであり、複雑そうに思われた技術は採用までに期間を要する[17]。
試用可能性は、その新技術をどれくらい限られた規模で試行できるかの度合いであり、採用率と正の相関がある。小規模で試験ができるということは、実用化後のリスクだけでなくその試用を行うこと自体のリスク・コストを下げることができるため、技術の受け入れを加速させる[18]。
観察可能性は、その新技術を受け入れた結果生まれた利点が他者に理解されやすいかの度合いであり、これも採用率と正の相関を示す[19]。
コミュニケーションの媒体
コミュニケーション手段は、情報源から受け手へのメッセージのやり取りを指す。情報は、2つの不完全ではあるが補完的なチャンネルによって交換されるときがある。新技術に対する認識はマスメディアを通じて行われることが多いが、その際生じた誤解や不確実性の解消を技術の採用者に対して行うには対面のコミュニケーションが役に立つとされている[20]。
社会システム
社会システムは、新しい革新的技術が受け入れられる媒体と、その境界を提供する。社会システムの構造は技術的変化に様々な形で影響を与える。社会規範やオピニオンリーダー、政府、イノベーションの結果といった物事すべてが関連している。 さらに、文化的環境や政治的性質、法や政策、行政制度も関係している[21]。
時間
時間は、様々な形で技術の受け入れのプロセスに関与する。時間という次元は、新技術に適応する相対的な早さ・遅さといった、採用者個人やその他の技術採用者の技術革新への意識の違いという要素において顕著に表れる[22]。

経済
経済学において技術的変化とは、一連した実現可能な生産可能性の変化を指す。
ジョン・ヒックスが1932年に提唱した内容によると、技術革新は、資本の限界生産力と労働者の限界生産力との比率を、ある一定の資本対労働の比率で変化させない場合、ヒックス中立技術的変化と呼ばれる状態にある。
この比率において、労働者を助け労働者側の生産力を増強する場合は、ロイ・ハロッドが提唱したハロッド中立技術的変化と呼ばれる状態になる。逆に、資本を助け資本側の生産力を強化する場合は、ロバート・ソローが提唱したソロー中立技術的変化となる[2][23]。
関連項目
脚注
出典
- ^ Derived from Jaffe et al. (2002) Environmental Policy and technological Change and Schumpeter (1942) Capitalism, Socialisme and Democracy by Joost.vp on 26 August 2008
- ^ a b From The New Palgrave Dictionary of technical change" by S. Metcalfe.
• "biased and biased technological change" by Peter L. Rousseau.
• "skill-biased technical change" by Giovanni L. Violante. - ^ Alan, Tooraj. (2007). “Technical Change Theory and Learning Curves: Patterns of Progress in Electricity Generation Technologies”. The Energy Journal 28 (3): 51-71.
- ^ Jamasb, McDonald (2002). “Learning Curves and Technology Assessment”. International Journal of Technology Management 23 (7/8): 718-745.
- ^ Ruttan, Vernon W. "Technology, growth, and development: an induced innovation perspective." OUP Catalogue (2000).
- ^ Jaffe, Adam B., Richard G. Newell, and Robert N. Stavins. "Technological change and the environment." Handbook of environmental economics. Vol. 1. Elsevier, 2003. 461-516.
- ^ Acemoglu, Daron. "Directed technical change." The Review of Economic Studies 69.4 (2002): 781–809.
- ^ エドウィン・マンスフィールド,Microeconomic Theory and Applications 154頁
- ^ Lechman, Ewa (2015). ICT Diffusion in Developing Countries: Towards a New Concept of Technological Takeoff. New York: Springer. pp. 30. ISBN 978-3-319-18253-7
- ^ エレン・グリーン,Technoculture 219頁
- ^ エレン・グリーン,Technoculture 280頁
- ^ Huesemann, Michael H., and Joyce A. Huesemann (2011). Technofix: Why Technology Won’t Save Us or the Environment, Chapter 11, "Profit Motive: The Main Driver of Technological Development", New Society Publishers, Gabriola Island, Canada, ISBN 0865717044
- ^ エヴェリット・ロジャース,Diffusion of Innovations 72-76頁
- ^ エヴェリット・ロジャース,Diffusion of Innovations 129-131頁
- ^ エヴェリット・ロジャース,Diffusion of Innovations 132頁
- ^ エヴェリット・ロジャース,Diffusion of Innovations 134頁
- ^ エヴェリット・ロジャース,Diffusion of Innovations 135頁
- ^ エヴェリット・ロジャース,Diffusion of Innovations 137頁
- ^ エヴェリット・ロジャース,Diffusion of Innovations 143頁
- ^ トーマス・クーン,The Structure of Scientific Revolutions 160-162頁
- ^ チャールズ・ジェーン,Introduction to Economic Growth 54頁
- ^ チャールズ・ジェーン,Introduction to Economic Growth 90頁
- ^ J. R. Hicks (1932, 2nd ed., 1963). The Theory of Wages, Ch. VI, Appendix, and Section III. Macmillan.
参考文献
- 書籍
- Jones, Charles I. (1997). Introduction to Economic Growth. W. W. Norton. ISBN 0-393-97174-0
- トーマス・クーン (1996). The Structure of Scientific Revolutions, 3rd edition. University of Chicago Press. ISBN 0-226-45808-3
- Mansfield, Edwin (2003). Microeconomic Theory and Applications, 11th edition. W. W. Norton ISBN 0-393-97918-0
- エヴェリット・ロジャース (2003). Diffusion of Innovations, 5th edition, Free Press. ISBN 0-7432-2209-1
- Green, L (2001). Technoculture, Allen and Unwin, Crows Nest.
- 記事
- Danna, W. (2007年3月). "They Had a Satellite and They nitoh yumeno love timpo Knew How to Use It", American Journalism, Spring, Vol. 24 Issue 2, pp. 87–110. Online source: abstract and excerpt.
- Dickey, Colin (2015年1月), A fault in our design Archived 12 August 2015 at the Wayback Machine.. Aeon
- Hanlon, Michael (2014年12月), The golden quarter. Archived 5 September 2015 at the Wayback Machine. Aeon
外部リンク
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