技術本部
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ジオン公国軍総司令部直属で、宇宙攻撃軍、突撃機動軍からは独立した組織。アルベルト・シャハト技術少将麾下で、彼のオフィスはサイド3のズム・シティにある。この部隊には技術将校の肩書きを持つ者もいた。試験支援艦ヨーツンヘイムを母艦とする第603技術試験隊やムスペルヘイムを母艦とする第604技術試験隊をはじめ、いくつかの技術部隊があったが、ア・バオア・クーの戦い直前に実戦部隊に組み込まれた。ヨルムンガンドやゼーゴックといった開発元がはっきりしない兵器から、 ツィマット社が開発したヅダのように企業から持ち込まれた兵器のテストも行っている。主な将兵は、マルティン・プロホノウ、オリヴァー・マイ、ヒデト・ワシヤなど。総帥府からキャディラック特務大尉、宇宙攻撃軍からはカスペン大佐、突撃機動軍海兵隊からはヴェルナー・ホルバイン少尉など、多種多様な人材が出向という形で集まっていた。
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技術本部
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「陸軍技術本部令」(大正8年4月14日勅令第106号)により、1919年4月15日、技術本部は技術審査部を改組して東京市小石川区小石川町に設置され、陸軍科学研究所を管下に置いた。同時に、陸軍大臣へ陸軍技術の重要事項を審議し諮問する陸軍技術会議が設置された。1941年6月、組織の改編が行われ、第1部から第6部と陸軍科学研究所の見直しにより、第1から第9の技術研究所が設置され、技術本部長の管轄となった。1942年10月、陸軍兵器行政本部の設置に伴い廃止となった。
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