帯刀御免状
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/10 09:39 UTC 版)
ロ会見郡竹内村医師 渋山 玄寿 其方儀兼々医術心懸宜治療専致出精候ニ付先達而一代限苗字被成御免置候処、弥医道相励内外共治療盛ニ致出精候趣相聞ヘ候ニ付、格別ニ其身一代限帯刀被成御免 渋山氏系譜 渋山家(足立家四代与治右ェ門より分家)初代 七良兵衛 月海宗晧居士 1747年没 二代 与次右衛門 大円哲明居士 1774年没 三代 弥一右衛門 伝明玄燈居士 1784年没 四代 七郎兵衛 了心庵顕功恵徳居士 1818年没 五代 弥一右衛門 大興院義観亮忠居士 1810年没 六代 弥一右衛門 円融院大聖高徳居士 1866年没 1819年国産品売捌座を願い出て許可され1822年には60両を献金して晒弐疋を拝領。銀札小座役も務める。苗字御免。 七代 弥八郎 泰岳院興山道隆居士 1889年没 (灘)渋山家(渋山家三代弥一右衛門より分家)初代 長寿(医師) 大円長寿居士 1807年没 二代 長寿(医師) 盛巌宗栄居士 1841年没 三代 長寿(医師) 育仁院傑山俊英居士 1823年没 四代 長寿(医師) 俊正院大済医徳居士 1861年没 五代 玄寿(医師) 高照院大医徳 居士 1868年没 小渋家(渋山家四代七郎兵衛より分家)初代 七良左衛門 瑞松院紹嶽永隆居士 1862年没 二代 清右衛門 廓然大悟居士 1866年没 荒河家(渋山家初代七良兵衛より分家)初代 安左衛門 白岩宗雲信士 1758年没 二代 兵左衛門 廓山恵月信士 1804年没 三代 林蔵 大雄勇道信士 1817年没
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