帝京大学から提出された「調査報告書」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 16:00 UTC 版)
「帝京大学医学部裏口入学事件」の記事における「帝京大学から提出された「調査報告書」」の解説
2001年11月から2002年6月まで、文科省は帝京大に対して計18回の事情聴取を行い、調査委員会の設置と調査報告書の提出を指導していた。2001年12月にこの「特別調査委員会」が帝京大学内部で立ち上げられた後、帝京大学は「調査報告書(中間)」を2002年2月20日に提出した。しかしこの報告書は追記を含めてわずか2頁しかなく、事件の規模の大きさ、事柄の重大さに比して、非常に内容に乏しい「報告書」でしかなかった。しかもその内容は、裏口入学の口利きによって、当時すでに東京国税局に告発されていた冲永総長の実弟と帝京大学とが無関係であること、そしてその実弟が理事長を勤めていた学校法人帝京学園と帝京大学とも無関係であることを主張するものでしかなく、帝京大学と冲永総長の、事件への関係、責任をまったく否定するものだった。 これに対して7月3日に開かれた国会衆議院文部科学委員会では、不正入試を総長が知らないことはあり得ない、その主張をそのまま受け止める文科省はおかしい、帝京大の教授会は機能していないなどという指摘があった。 続いて2002年7月15日に、帝京大学は2回目の「調査報告書」を文部科学省に提出した。今度は表紙を含めて14頁になっていたが、この2回目の「調査報告書」の内容も、裏口入学金とその蓄財に関する総長らの関与を否定し、反省の文言は見られないものだった。特に報告書末尾の結語については「目にした誰もが驚いた」と書かれ、報道によって注目を浴びた。この結語は総長の能力と功績への全面的な賛辞と、今後も引き続き総長が帝京大学グループを率いて行くことを期待する言葉に終わるものだった。 これでは何を目的とした「特別調査委員会」であり「調査報告書」だったのかがわからず、事件に対する大学の責任や反省が伝わってこないと指摘される報告書だった。 7月16日閣議後の会見で遠山敦子文部科学相は、15日に提出された帝京大によるこの「調査報告書」が「不十分で、徹底社会が納得できる内容ではない」、「情報漏洩についての調査が不十分で寄付金全体の流れや約150億円の寄付金について記載していない」と述べ、「全体として裏付けが不十分で、公共性の高い大学として疑問だ」と不快感を示した。そして帝京平成大学など、帝京大学グループが申請中の学科新設を認めない異例の厳しい姿勢で臨む方針を示した。 またこの裏口入学事件に限らず、それまで帝京大学グループが引き起こしてきたさまざまな事件に対する、どれも帝京大学の反省の見られない同大学の根本的な体質については、「帝京大学の場合はどうしたことか、反省はなく、同じスキャンダルを平然と繰り返してきた」という指摘も後に見られた。
※この「帝京大学から提出された「調査報告書」」の解説は、「帝京大学医学部裏口入学事件」の解説の一部です。
「帝京大学から提出された「調査報告書」」を含む「帝京大学医学部裏口入学事件」の記事については、「帝京大学医学部裏口入学事件」の概要を参照ください。
- 帝京大学から提出された「調査報告書」のページへのリンク