国道の開通(旧坂)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 03:53 UTC 版)
1892(明治25)年に、蒲生川をより遡って蕪島(洗井村の支村)から登るルートが拓かれた。これがいまの県道119号に相当する。人力車や荷馬車の通行も可能で、茶屋もできて賑わった。しかし、明治末期に山陰本線が開通すると、因幡と但馬・近畿地方の交通は鉄道が主流になり、峠は廃れた。 太平洋戦争後、自動車が普及すると峠の通行量が増えた。1952(昭和27)年に全国で国道の体系的な整備が行われ、蒲生峠を通る山陰道も12月4日に一級国道国道9号に昇格した。 以来、蒲生峠は鳥取県の東の玄関口となった。1960(昭和35)年から1963(昭和38)年には峠の前後の道路改修が行われ、路線バスが通るようになった。 1978(昭和53)年に後述の蒲生バイパスが開通した後、旧ルートのうち新温泉町千谷から峠を越えて岩美町蕪島までは兵庫県道・鳥取県道119号千谷蕪島線、蕪島・塩谷間は鳥取県道31号鳥取国府岩美線となっている。
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