図画等とは? わかりやすく解説

図画等

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 07:30 UTC 版)

日遙」の記事における「図画等」の解説

国内数ヶ寺に日遙による真筆の図画等が現存する。書に秀でていたため、「宗内の三筆」の1人とする説がある(長久山護国寺)。 発星山本妙寺熊本県熊本市西区大曼荼羅御本尊 3幅 「一心三観」 1幅 「一念三千」 1幅 「大、小、天、臺、方、頂、進、精、光、影、共、鏡、開、畝、塘、」 各1幅 清正公1体 日真上人1体 本妙寺には日遙肖像画伝わっている。画家法橋守供こと、狩野派画家の薗井守供(1626~1717頃)である。「法橋」とは本来高僧与えられる位階だが、著名な絵師仏師にも与えられた。守供は熊本八代生まれ出家して僧侶となったが、絵画の道を諦めきれず江戸で狩野守信探幽)に学んだ今治藩松平定陳から招聘されて藩絵師となり、愛媛における狩野派の祖となる。守信没後九州肥後戻って菊地山鹿地方一派興した。別名を富元ともいう。 長久山護国寺長崎県島原市寺町一遍首題 2幅 「日照香燻生畑」1雙 正悦山妙行寺愛知県名古屋市中村区大曼荼羅御本尊 1幅 清正公画像 1幅 東光山本覚寺熊本県熊本市中央区釈迦如来立像 1体 寿福妙永寺熊本県熊本市中央区一遍首題 1幅 書「一喝」1幅 現存しないものとして、旧満洲国延吉神社日遙像がある 。 延吉神社 末社加藤神社(旧満洲国間島省延吉日遙上人1体 現在の中国吉林省延辺朝鮮族自治州延吉市に、天照大神主祭神とする延吉神社存在した康徳8年8月11日に、ここに末社として加藤清正祀る加藤神社勧請されている。このとき清正、金官、日遙かたどった3体の木像宝物殿安置されたが、満洲国崩壊騒動の中で逸失した。

※この「図画等」の解説は、「日遙」の解説の一部です。
「図画等」を含む「日遙」の記事については、「日遙」の概要を参照ください。

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