吉田証言
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 10:13 UTC 版)
詳細は「吉田清治 (文筆家)」を参照 慰安婦の強制連行業務に携わった関係者による貴重な証言として、「吉田(清治)証言」が知られている。吉田清治は、軍の命令を受け、済州島(現韓国)で慰安婦の強制連行を指揮したことを著書で告白した。 吉田によれば、慰安婦の強制連行は陸軍省の極秘通牒によって行われ、実際に吉田が受けた命令も、西部軍司令官から山口県知事を通じて下関警察署長に下り、吉田が「徴用隊」の責任者として朝鮮に赴いた。命令書には「皇軍慰問・朝鮮人挺身隊200人」と書かれており、吉田は「皇軍慰問の女子挺身隊」とは「従軍慰安婦」のことだったと説明していた:100-103。 しかし、その後、吉田証言は複数の専門家から矛盾を指摘され、熱心に吉田証言を取り上げていた朝日新聞が、2014年に過去の関連記事を撤回するなど、現在では証言としての価値を疑われている。 90年代に社会党が国会で慰安婦問題を追及し始めた時点では、吉田証言は事実と見なされて議論が進行していた。韓国で慰安婦問題を公論化した尹貞玉も、吉田証言を根拠の一つとして「慰安婦の強制連行(動員)」を主張していた(海部総理への公開書簡)。 1991年に、元慰安婦を含めた韓国人35人が日本政府を訴えたアジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求訴訟の訴状でも、朝鮮人女性が「女子挺身隊」や「女子愛国奉仕隊」の名で組織的に慰安婦として狩り集められたと書かれている:88。吉田清治は、この訴訟でも証言台に立った:213-276。
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