合理化と移管
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 09:40 UTC 版)
新しい能生駅には貨物扱い設備も設けられ、貨物営業が継続された。しかし移転から6年経たない1975年(昭和50年)3月10日をもって貨物取り扱いは廃止された。この貨物扱い施設の跡地には自動車駐車場が整備された。 さらに1982年(昭和57年)4月1日から旅客フロント業務が日本交通観光に業務委託となり、同年11月15日には荷物の扱いが自動車代行となった。一方このダイヤ改正では特急列車が1往復停車するようになった。1986年(昭和61年)11月1日には荷物の取扱が廃止となった。 1987年(昭和62年)4月1日、国鉄分割民営化により北陸本線は西日本旅客鉄道(JR西日本)の所属となり、能生駅もJR西日本の駅となった。さらに2015年(平成27年)3月14日に北陸新幹線長野 - 金沢間開業に伴い並行在来線が分離され、えちごトキめき鉄道へ移管された。
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