出自についての伝統説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/29 21:58 UTC 版)
「時輪タントラ」の記事における「出自についての伝統説」の解説
ダライ・ラマ14世によると、時輪タントラを含む四種のタントラは、業と感覚が純化され神秘的な状態に達した人々に秘法という形で与えられたものであり、歴史上の釈迦が説いたかどうかはさほど重要な問題ではないという。 チベット仏教の信仰上の位置づけでは、シャンバラの王スチャンドラが、シャンバラ内の96の国々の民の利益のため、インドを訪れ、釈迦から授けられた教えとされる。時輪タントラの教えは以降の7人の王、22人のカルキ王を介して受け継がれてきたという。 ブッダによって開始された時輪タントラの根本タントラを受け取った後、スチャンドラは時輪タントラの最初の注釈を書き上げた。一代目のカルキ王マンジュシュリー・キールティは要約したタントラを作り、彼の息子であり二代目カルキ王であるプンダリーカもまた解説書『無垢光(ヴィマラプラバー)』を現し、時輪タントラはシャンバラから広まることになった。 カギュ派の祖師の一人ティローパが時輪タントラを求めてシャンバラを目指していたところ、文殊菩薩の化身が現れ、彼に時輪タントラの秘伝、経典、解説書、口伝を授けたという。
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