再デビュー・リーダー交替・ロックへの進出
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「THE ALFEE」の記事における「再デビュー・リーダー交替・ロックへの進出」の解説
1979年にAlfee(アルフィー)と改称してキャニオンレコードからシングル『ラブレター』で再デビューする。 アルフィーのリーダーは1974年のデビューから坂崎が務めていた。フォークグループとして、高見沢も長年アルフィーではエレキギターを弾かないことにこだわっていたが、1980年に出された3rdアルバム『讃集詩』のプロデューサー井上鑑の提案で、「落日の風」の間奏でエレキのソロを入れる。またその頃、雑誌のインタビュー[どこ?]で「アルフィーの曲は室内向けだよね」と言われたことに高見沢が反発。翌年の夏に野外イベントを開催することになる。また1982年リリースの5枚目のアルバム『doubt,』からロック系のアレンジで発表する曲を増やし、さらにリーダーを高見沢に交替し、ロックグループとしての色彩を強くする。 なお、ブレイク前には、久光製薬のCMソングの「ニューサロンパスの歌」やポンキッキの「もじさがしのうた」「ごあいさつのうた」等を担当したこともあった。 NHK-FMの各地方局で制作されていたローカル番組FMリクエストアワーに、キャンペーンとして積極的にゲスト出演している。当番組のリクエストランキングにだけトップに位置する現象が多々あった。中でもNHK前橋放送局のTPリクエストアワーで専用のジングルを制作。番組内で何度も使用される。 1982年夏に、所沢航空記念公園で行われた初の野外イベント「ROCK'N'ROLL FIGHTING NIGHT」では、サポートメンバーを加え、ドラムス・キーボードを含むいわゆるロックバンド編成で演奏を行った。 この年の暮れに発売されたシングル『別れの律動』以降、再デビュー時から用いていた「Alfee」のロゴマークを変更し「ALFEE」とした。 この年よりサポートメンバーを加えて演奏されるのが通常のスタイルとなった(サポートメンバーの歴史は#全国ツアーの項を参照のこと)。 ロック編成初期の頃からドラムスがツーバスでアレンジされている曲もあった。 ロックバンドとしてのイメージ作りとして、高見沢がマーシャルのギターアンプにこだわり、1983年初の日本武道館公演で、セットとしてマーシャルのスピーカーを積み上げたり(マーシャルウォール)、変形ギターを多用してテレビ出演するなどの演出がされた。
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