仮名における表記
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/23 04:04 UTC 版)
しかしハ行転呼音は、実際には依然としてハ行の仮名で記される場合が多かった。すでにそれまでの表記のありかたが慣習化しており、音韻の変化に沿ってその表記をむやみに変更することは、語の識別に支障を来たすことになるからである。「こひ」(恋)の表記は文献上「こひ」に落ち着いており、「おもふ」(思ふ)のように活用語尾の連体形や終止形が「ふ」で終わるものも、類推によって「ふ」が「う」になるようなことはなかった。これは藤原定家著の『下官集』を濫觴とする定家仮名遣においても同様である。ただし使用頻度の低い言葉や用例の少ない言葉の場合には、ワ行の仮名で記されてもいる。「こひ」(鯉)は恋と違って「こい」「こゐ」という表記が『仮名文字遣』にみられ、また『伊勢物語』の冒頭では、 むかし、おとこうゐかうぶりして…(天福本) とあり、「うゐかうぶり」(初冠)は本来「うひかうぶり」であるが「うゐ」となっている。「うひかうぶり」という言葉はこの『伊勢物語』の冒頭以外にほとんど見られないもので、語の識別の上からは「ゐ」と記されても支障はなかったのである。 江戸時代に入ると、契沖が音韻の変化する以前の上代及び平安時代の表記が正しいとする『和字正濫抄』を著し、このなかで説かれたいわゆる契沖仮名遣は国学者の間で支持された。やがて明治時代にはこれを基とした歴史的仮名遣が学校教育において行われ、ハ行転呼音を含む語彙も歴史的仮名遣に沿って書き分けられる。しかし歴史的仮名遣は実際の発音と乖離しており、知識的負担量の多い仮名遣いであった。戦後、保守派を退けて現代仮名遣いが行われ、それまで「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」で綴られていた語中語尾の仮名文字も、現代音に従って「わ」「い」「う」「え」「お」で表記されるようになった。しかし助詞の「は」と「へ」を発音どおりに「わ」「え」と表記しないことは仮名遣いとして残った。
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