中心街/サウスフレイミングハム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 09:21 UTC 版)
「フレイミングハム (マサチューセッツ州)」の記事における「中心街/サウスフレイミングハム」の解説
中心街地域はコンコード通りとユニオン・アベニューの交差点によって形成された、メモリアル広場と呼ばれる"Y"字型のロータリー交差点の間にある。その北にはアービング通りとホリス通りの交差点に対称となる交差点がある。この地域はウェイバリー通り(州道135号線)とマサチューセッツ湾交通局の通勤線で二分されている。中心となる建物は町役場であるメモリアルビルである。地域全体について、ユニオン・アベニューとコンコード通りの交差点を数百万ドルをかけて再建途中にあり、ロータリー交差点が無くなって、信号が規制する交差点になる。アービング通りとホリス通りの交差点にも信号が設置され、地域の古い信号機は上級化もされる。側道も全て置き換えられ、照明が更新され、ベンチや自転車ラックなど新しいアメニティも設置される。この計画は2012年に始まるよう計画されていたが、2014年から2015年にまで遅れた。 サウスフレイミングハムは1880年代に鉄道が開通して町の商業中心になった。デニソン・マニュファクチャリングができ、元ゼネラルモーターズ・フレイミングハム組立工場もできたが、1980年代後半にこれらの工場が閉鎖された後は経済不況に陥った。2000年代初期からヒスパニック系やブラジル系移民が流入し、地区の再活性化が始まった。ブラジルやスペイン系を対象にした小売店と共に、レストランや、法律と金融のサービス、町の事務所と図書館、美術館、警察署があり、社会保障局の支所もある。アジア系やインド系の店舗やレストランが追加されて、民族性の香りが多様になり、多くの小企業、レストラン、自動車関連の店舗が、西部のウィンター通りの東のネイティックからウェイバリー通りに並んでいる。 2006年、フィッツ・マーケット&ヒメンウェイのビルディング・ファサードが改修工事を始めた。これら改修された構造物は2006年マサチューセッツ州歴史委員会保存賞の復元復旧部門で表彰された。さらにアーケード・ビルディングや元デニソン・ビルディング複合施設を巻き込んだ幾つか小売りと住宅のプロジェクトが計画段階にあるか、工事中である。
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