中央水力電気
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/11 16:03 UTC 版)
岐阜県恵那郡西部の中野方村(現・恵那市中野方町)では、1920年(大正9年)2月15日、資本金8万円をもって中央水力電気株式会社が設立された。村内の野瀬地区で企画されていた集落の自家発電計画を拡張する形で、村全体や周辺地域への供給を目的として起業された会社である。初代社長は中野方村長の柘植武三郎が務める。 名古屋逓信局の資料によると中央水力電気は1921年10月1日付で開業した。電源として中野方村字糟里、中野方川(木曽川支流)に出力50キロワットの水力発電所を新設。まず中野方村内に配電を始め、次いで翌1922年(大正11年)3月から中野方村の南西にある加茂郡飯地村でも順次点灯を開始する。さらに村の南東、中野方川の下流にある笠置村大字河合および大字姫栗の加須里集落での供給を同年11月末に開始した。 他の事業者よりも1年遅れた1939年(昭和14年)11月1日付で中部合同電気へと事業を譲渡した。統合時の資本金は8万円。1937年2月末時点における供給成績は電灯1805灯(別に休灯50灯)で、同年末時点における供給区域は恵那郡中野方村・笠置村と加茂郡飯地村の3町村で変わりはない。事業譲渡後、中央水力電気は1939年11月14日付で会社を解散した。
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