ローマ留学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 07:18 UTC 版)
「クロード・ジョセフ・ヴェルネ」の記事における「ローマ留学」の解説
1734年、コーモン侯爵らの支援を受けて留学のためローマに発った。教皇庁との繋がりが深いアヴィニョン出身であったためか、すぐにローマのフランス人社会に馴染むことができたという。また正規の留学生ではなかったがフランス・アカデミーへの出入りも許され、順調に絵画の勉強を進めた。 ヴェルネはアドリアン・マングラールに師事し、17世紀フランス風景画の研究を深めた。20年ほどの滞在期間でクロード・ロランやサルヴァトル・ローザなどの作品に親しむ一方、イタリアのジョバンニ・パオロ・パンニーニやアンドレア・ロカテッリ(イタリア語版)などからも影響を受けた。ローマ時代のヴェルネの作品としては、『ローマのサンタンジェロ城と橋』と『ローマのポンテ・ロット』が知られている。 1740年代になると海洋画家・風景画家としてその名を知られるようになり、画家仲間やフランスの高位高官、イタリア人、そしてとりわけイギリス人から次々と注文を受けるようになった。1743年に絵画『アンツィオの海岸』によってアカデミア・ディ・サン・ルカに迎えられ、1746年にはフランスの王立絵画彫刻アカデミーの準会員として認められた。同年に描かれた『カプラローラのヴィッラの眺め』は、18世紀のトポグラフィーの傑作のひとつに数えられる。 『アンツィオの海岸』1743年作 『ローマのサンタンジェロ城と橋』1745年作、ルーヴル美術館所蔵 『カプラローラのヴィッラの眺め』1746年作、フィラデルフィア美術館所蔵
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