ヨーロッパ連合離脱の是非を問う国民投票と退陣表明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/01 07:47 UTC 版)
「デーヴィッド・キャメロン」の記事における「ヨーロッパ連合離脱の是非を問う国民投票と退陣表明」の解説
2013年にイギリスがヨーロッパ連合に留まることを国民に説得するために、キャメロンは欧州連合(EU)から譲歩を引き出し、英国のEUにおける新たな地位を確保すると発表した。2015年には保守党の選挙公約として、2017年の終わりまでにEU離脱の是非を問う国民投票を行うことを掲げた。2016年2月20日にヨーロッパ連合と新たな合意に至ったのを受けて、同年6月23日に英国のEU離脱の是非を問う国民投票が行われることが決定した。 実はキャメロンは国民投票が行われる数日前に、ドイツのメルケル首相に対して、たとえヨーロッパ連合離脱派が敗北したとしてもイギリスへのヨーロッパ連合の移民を制限するよう要請していた。ヨーロッパ連合側もイギリスに対して移民問題で譲歩する姿勢を示す計画であったが、その計画は実行されなかった。移民問題についてのEU側の譲歩がEU残留派の弱点だと思われることを恐れたためである。 国民投票の結果は僅差による「ヨーロッパ連合残留派(Remain)」の敗北・「EU離脱派(Leave)」の勝利であった。@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}政権の基幹政策が国民投票によって否定されたことを重く見たキャメロン[要出典]は、翌24日、10月に開かれる保守党党大会で退陣することを明らかにした。しかし党首選挙で決選投票に残ったアンドレア・レッドサムが7月11日に選挙からの撤退を表明し、テリーザ・メイ内務大臣(キャメロン内閣)の当選・次期首相就任が確定したため、予定より早い7月13日に保守党党首及び首相職を退任した。
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