ミズーリ州セントルイスでの近年の営業
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「イリノイ・ターミナル鉄道」の記事における「ミズーリ州セントルイスでの近年の営業」の解説
1989年にイリノイ・ターミナル鉄道の後継のノーフォーク・ サザン鉄道はノース・タッカー・ブールバード900にあるセントルイス・ポスト・ディスパッチ本社ビルからマッキンリーのすぐ南にあるブランチ・ストリート・ヤードまでのミズーリ州セントルイスにある残りの現役の線路をイリノイ州オファロンにあるアイロンホース・リソーシーズに売却した。アイロンホースはセントルイスでの操業のためにレイルロード・スイッチング・サービス・オブ・ミズーリ(RSM)という子会社を作った。RSMはセントルイス・ポスト・ディスパッチの本社ビルの基礎部分にある地下の貨物ホームへ収受した新聞紙用紙を積んだ有蓋車を運ぶために存在した。この用紙はポスト・ディスパッチ社が日刊の新聞の印刷をするために使われた。RSMの機関車はかつてアメリカ軍が保有していたEMD SW-8だった。機関車は使用されていないときはタッカー・ブールバードの地下にあるフェンスで囲まれたトンネルに置かれていた。ポスト・ディスパッチから線路は北に向かっていて、およそ4ブロックは地下を走りもう3ブロックはハードリー通りの中央を走っていた。州間高速道路70号線の陸橋では線路は1.5マイルの長さの橋を経由しながら北セントルイスを曲がりくねった線路で進み、ノーフォーク・サザン鉄道が設けていたブランチ・ストリートにある小規模な貨物ヤードに至っていた。RSMのセントルイスでの線路を使用した営業はRSMの乗務員が鉄道輸送をやめることを選んだ郵便局から最後の空の有蓋車を牽引した2004年の6月21日まで続いた。これに続いて、RSMの親会社であるアイロンホースは米国陸上運輸委員会に全線の廃止認可を2005年1月12日に請求し、後に認められた。線路と関係する施設の撤去が終了した後、タッカー・ブールバードの下の地下トンネルが埋められた。それからアイロンホース・リソーシーズは線路敷地とトレッスル橋を一部の線路敷地とトレッスル橋を歩行者と自転車の通れる道路にする計画を持っているグレート・リバース・グリーンウェイに売却した。Theこの路線跡は「The Trestle」と呼ばれる。
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