ベイビー・テン(Baby Ten)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 23:13 UTC 版)
「PCCカー (サンフランシスコ市営鉄道)」の記事における「ベイビー・テン(Baby Ten)」の解説
"ビッグ・テン"に続き、1951年以降もMuniは旧型車両置き換えのためPCCカーの増備を検討した。だが、路面電車車両の市場衰退に伴い特殊な仕様であった"ビッグ・テン"の同型車両の発注が拒否されたため、代わりに車体片側の前方・中央に乗降扉を有する片運転台式の標準車体を有する車両が導入される事となった。また製造コスト削減のため換気扇や制御装置の熱による暖房機能が省略されたものの、1両あたりの製造価格は戦前の15,000ドルから跳ね上がった37,751ドルとなった。 1951年から1952年にかけて25両(1016 - 1040)が導入され、そのうち1040は5,000両近くが製造されたPCCカー最後の新製車両となった。これらの車両は"ビッグ・テン"と比べて車体長が短かった事から"ベイビー・テン"という愛称で呼ばれた。導入当初はツーマン運転を主体としていたため乗降は「後乗り・前降り」で、中央の乗降扉付近に車掌が立つ空間が設けられていたが、1954年から全面的にワンマン運転へ変更された事から「前乗り・後降り」に改められ、運賃は乗車時に運転台の傍に設置された運賃箱へ入れる形となった。 最後の新製PCCカーとして重点的に整備が実施された1040を含めた一部車両が1982年まで残存し、2019年現在は10両がMuniの所有下に置かれているが、そのうち動態保存が実施されているのは1040のみで、残りの9両は復元作業が進行中である。 1040(前方) 1040(後方)
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