ヘリオス1号
名称:ヘリオス1号
小分類:太陽・深宇宙探査
開発機関・会社:旧西ドイツ
運用機関・会社:旧西ドイツ/アメリカ航空宇宙局(NASA)
打ち上げ年月日:1974年12月10日
運用停止年月日:1986年3月15日
打ち上げ国名:アメリカ
打ち上げロケット:タイタンIIIEセントール
打ち上げ場所:ケープカナベラル空軍基地
ヘリオス計画は、アメリカと旧西ドイツにとって月よりも遠くの宇宙を探査する、最初の計画です。探査機の製造は旧・西ドイツが、打ち上げと予定軌道への投入はNASAがおこないました。間隔をおいて打ち上げられた2機の探査機は、太陽からもっとも遠い地球軌道近くの遠地点と、約0.3天文単位(地球軌道の0.3倍、約4500万km)の近地点というだ円軌道に乗りました。太陽から水星までの距離は0.3〜0.467天文単位(AU)ですから、ヘリオスは太陽にいちばん近い惑星のさらに内側を通ることになります。2機の探査機は、お互いに協力して太陽から放たれるイオンの風(太陽風)やガンマ線のような放射線を継続して測定しました。特に2号では、太陽表面の爆発現象(太陽面フレア)で生ずるガンマ線を、連続的に計測することに成功。ヘリオス1号やほかの惑星探査機とともに、太陽活動の研究に大きな成果をあげました。
1.どんな形をして、どんな性能を持っているの?
設計寿命18カ月。重量371.20kg(ヘリオス1号)です。
2.どんな目的に使用されたの?
太陽にできるだけ近づき、その表面の活動や、放出されるイオンの風−太陽風のようすをくわしく調べることです。
3.宇宙でどんなことをし、今はどうなっているの?
水星よりも内側、太陽にもっとも接近した宇宙探査となりました。太陽は、コロナの大きさや形、黒点の活動のはげしさなどが、11年の周期で変化しますが、予定よりも長い間、観測ができたため、その11年すべてにわたって、貴重な観測結果を得ることができました。運用がおこなわれなくなったのち、今も太陽をめぐる軌道を周回しています。
4.打ち上げ・飛行の順序はどうなっているの?
1975年5月15日太陽まで4,800万kmまで接近しました(ヘリオス1号)。軌道はつぎのとおりです。
ヘリオス1は、太陽公転周期190日、太陽近地点0.309AU(天文単位)(4,700万km)、遠地点0.985AU、軌道傾斜0度です。
ヘリオス2は、太陽近地点0.29AU(4300万km)、遠地点1AUです。
ヘリオス1号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/07 08:39 UTC 版)
「ヘリオス (探査機)」の記事における「ヘリオス1号」の解説
ヘリオス1号(Helios I、Helios-A)は1974年12月10日にタイタン IIIEによってケープカナベラル空軍基地から打ち上げられた。太陽周回の楕円軌道に入り、近地点は水星の軌道よりさらに内側にあった。 太陽表面の活動や、太陽風、太陽からの放射線を継続して観測した。設計寿命は3年だったが、当初の予定より大幅に長く11年間観測を続けることができ、太陽の長期的活動の研究に役立った。
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