ブルーノ・ロッシとは? わかりやすく解説

ブルーノ・ロッシ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/01 13:52 UTC 版)

Bruno Benedetto Rossi
ブルーノ・ ベネデット・ロッシ
生誕 (1905-04-01) 1905年4月1日
イタリア ヴェネツィア
死没 1993年11月21日(1993-11-21)(88歳没)
アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ケンブリッジ
国籍 イタリア
アメリカ合衆国
研究機関 フィレンツェ大学
パドヴァ大学
マンチェスター大学
シカゴ大学
コーネル大学
マサチューセッツ工科大学
出身校 ボローニャ大学
博士課程
指導学生
ジュセッペ・オキャリーニ
主な受賞歴 アメリカ国家科学賞(1983)
ウルフ賞物理学部門(1987) 
署名
プロジェクト:人物伝
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ブルーノ・ ベネデット・ロッシ(Bruno Benedetto Rossi, 1905年4月13日 - 1993年11月21日)は、イタリア生まれの宇宙物理学者。太陽以外の天体からのX線を初めて発見した。X線天文学、宇宙プラズマ物理学のパイオニアである。

来歴

ヴェネツィアに生れ、ボローニャ大学で物理を学ぶ。アルチェトリ天文台で宇宙物理を研究した。1928年からフィレンツェ大学助教授、1932年からパドヴァ大学教授を務めた。ユダヤ系であったため、1938年イタリアを追われ、デンマークイギリスを経てアメリカに移った。

1939年からシカゴ大学コーネル大学の準教授を経て、エンリコ・フェルミに招かれてマンハッタン計画に参加した。特に、爆縮レンズの設計のために開発したRaLa実験英語版は、原子爆弾の完成に大きく貢献した。

1946年から1970年までマサチューセッツ工科大学教授を務めた。1962年にリカルド・ジャコーニらと行ったエアロビーロケットによる月からのX線観測実験中にさそり座X-1を発見し、これは史上初めて太陽系外のX線天体発見となった[1]。1974年から1980年までパレルモ大学で教鞭を執った。

宇宙物理の分野の賞としてブルーノ・ロッシ賞が設けられている。

受賞歴

脚注

  1. ^ Giacconi, Riccardo; Gursky, Herbert; Paolini, Frank R.; Rossi, Bruno B. (1962). “Evidence for x Rays From Sources Outside the Solar System”. Physical Review Letters 9 (11): 439-443. Bibcode1962PhRvL...9..439G. doi:10.1103/PhysRevLett.9.439. ISSN 0031-9007. 

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