ファシズムと植民地独立運動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 14:18 UTC 版)
「ファシズム」の記事における「ファシズムと植民地独立運動」の解説
シリア、レバノン、インド、ナミビア、南アフリカなどでは、ファシズムをバックボーンとした植民地独立運動が発生した。これらは、ファシズムの掲げる「鉄の規律と団結」によってのみ独立は勝ち取れる、と考えられたためである。また、ナミビアや南アフリカのそれは、イギリス系の南アフリカ連邦の統治下におかれたアフリカーンス(ドイツ系およびオランダ系移民)の不満を背景としたものであった。ナミビアや南アフリカのアフリカーンスの中には、ドイツの武装親衛隊に志願して入隊した者達もいたという。 ただし、当時のドイツ及びイタリアは論理的にも現実的にもこれらの運動への支援には(直接的・現実的な利害がからむバルカン諸国の運動組織やスペイン内戦を除けば)消極的であり、大きな潮流となる事は無かった。 反面、イタリア・ドイツと直接的な関係がほとんど無かったため、レバノンやシリアのように第二次世界大戦後も存続した組織もある(バルカン諸国のそれらは実力で壊滅させられ、大戦後には旧構成員は摘発や迫害の対象となった)。ただし、いずれの組織も思想的にはファシズムの色彩は次第に薄れてゆき、民族主義や社会主義、保守主義、反共主義の色彩が強くなっていった。
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