ドリフ脱退後
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ドリフ脱退後は、しばらく水道会社に勤めていた。そのサラリーマン時代に工事用の手押し車(猫車)ダンスのギャグを密かに開発し、芸能界に復帰した。復活後の芸名を「すわ親治」に変更する。コントグループ(正式には「劇団」)ザ・ニュースペーパーに参加。一時期はリーダー的存在でもあった。 1988年『ファミっ子大集合』の司会でテレビに復帰した。その後、ザ・ニュースペーパーが話題となり『上岡龍太郎にはダマされないぞ』にレギュラー出演する。志村の誘いもあり『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』『志村けんのだいじょうぶだぁ』にもゲスト出演し志村と絡んでいた。 2001年、NHK「思い出のメロディー」でドリフが出演した際、彼も楽曲「ゴー・ウエスト」のコーナーに馬役で出演した(本名の諏訪園親治名義での出演)。また、いかりや長介の葬儀の際もドリフの正メンバー4人と一緒に棺を担いだ。 近年は政治風刺ライブ&冗談音楽の「他言無用」、そのリニューアルである「はだかの王様」を松崎菊也、石倉直樹とともに年に4回程公演、沢田研二主演の音楽劇に出演するほか、「すわ親治ひとりコメディ」、「下町ライヴ」などを行っている。 季刊『酒とつまみ』(酒とつまみ社発行)には「怪物コメディアンすわ親治の酒は体に悪いぞ〜」(2007年12月発行第10号で9回目)を連載している。 2008年3月には自ら企画したCD『ヘバダバ/俺の翼』をリリースした。 2013年2月9日から3月30日まで時代劇専門チャンネルで放送した『料理昔ばなし 〜再現!江戸時代のレシピ〜』にレギュラー出演。毎回紹介される再現メニューで、その料理の腕前を披露している。 2020年3月29日の志村けん死去の時は「とにかく今は、ただただ、ご冥福をお祈りするとしか…。もう30年も志村さんとは会っていないですし、僕がメンバーを差し置いて何かお話しするのはね…」「昔からよく言われるんですけど、僕が“6人目のドリフ”だというのは、みなさんの間違いなんです。正しくは志村さんが先輩で、僕は志村さんの4年も後に入った後輩。だから、本当の6人目は志村さんなんです。僕はただの付き人ですから」「(すわが正式メンバーになれなかったことについて)いやいや、そんなことはありませんよ。順番からいっても志村さんだったし、何よりあのとき、僕自身は“ドリフに入りたい”とは思っていなかったですしね(笑)」とコメントした。
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