デビュー〜人気グループへ
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「ザ・ランナウェイズ」の記事における「デビュー〜人気グループへ」の解説
フォウリーの指揮の下、1976年にマーキュリー・レコードと契約。すぐにデビュー・アルバムThe Runaways(邦題『悩殺爆弾〜禁断のロックン・ロール・クイーン』)をリリースする。各メンバーはそれぞれ手本とするイメージ・キャラクターを持ち、カーリーはデヴィッド・ボウイ、ジェットはスージー・クアトロ、フォードはリッチー・ブラックモアとジェフ・ベック、ウェストはロジャー・テイラー、フォックスはジーン・シモンズをそれぞれイメージして自らのキャラクターを育てていった"。 1977年、セカンド・アルバム『クィーン・オブ・ノイズ』("Queens of Noise")をリリース、ワールド・ツアーを敢行する。折しも勃興したパンクムーブメントにも後押しされグループの勢いが加速する。同年夏に初来日。ランナウェイズは、当時の日本におけるレコード売上げでアバ、キッス、レッド・ツェッペリンと肩を並べるセールスを誇る人気グループであり、空港には大勢のファンが押しかけ、現場は大混乱に陥った。この時の喧騒をジェットは後に「まるで『ビートルズ旋風』」と回顧している。日本滞在中には、彼女たち自身の特集番組をはじめ数多くのテレビ番組に出演。日本公演を収録した『ライブ・イン・ジャパン』はゴールドを獲得。しかし、この日本ツアー中にフォックスが脱退表明。後任には、新たにヴィッキー・ブルー(英語版)を迎えたが、続いてグループの看板であるカーリーまでもが脱退し、それまでもカーリーとボーカルを分け合っていたジェットがフルタイムのシンガーとなる。 体制を立て直したバンドは4枚目のアルバム『ウェイティング・フォー・ザ・ナイト』(Waiting For The Night)を発表し、ラモーンズとともにワールドツアーを行う。カーリーはソロ・アルバムをリリースし、単独でのツアーを行った。
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