ジョン・ブッシュ在籍時代
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「アンスラックス」の記事における「ジョン・ブッシュ在籍時代」の解説
しかし、1992年にジョーイが脱退してしまう。友好的な脱退とする報道がある一方で、ジョーイの内向的な性格に問題があったとも言われている。後任には「アーマード・セイント」からジョン・ブッシュを引き抜いて加入。「アーマード・セイント」は正統派ヘヴィメタルバンドであり、前任のジョーイと比べるとジョンのヴォーカルはストレートでよりヘヴィメタル然としたものであった。しかし、ちょうどこの頃から時代の中心はヘヴィ・メタルから、彼らがその先鞭をつけたオルタナティヴ・ミュージックへと移行し始める。その結果、彼らの音楽性は時代に翻弄されていくことになった。 ジョン加入後最初のアルバム『サウンド・オブ・ホワイトノイズ』は彼らが持っていた攻撃性とモダン・ヘヴィネスを融合させた作品で、ビルボードのアルバムチャート7位というバンド史上最大のヒットとなるものの、1990年代中期以降はメジャーレーベル「エレクトラ」が彼らとの契約を切り、バンドはレーベルを転々とし、不安定な活動をせざるを得なくなる。この間にダン・スピッツが脱退。2001年にロブ・カッジアーノが加入するまで4人編成で活動を行う。1995年の『ストンプ442』、1998年の『ヴォリューム8:スレット・イズ・リアル!』、2003年の『ウィ・ハヴ・カム・フォー・ユー・オール』と、4作連続でスラッシュメタルとハードコアのクロスオーヴァーに、オルタナティヴ要素を加えた路線を貫いた。 2004年、ベーシストのフランクがヘルメットに参加するため一時離脱し、ジョンとかつてアーマード・セイントで同僚であったフェイツ・ウォーニングのジョーイ・ヴェラがサポートを務め、翌年フランクが復帰。
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