ジャロシンスキー-守谷相互作用とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > ジャロシンスキー-守谷相互作用の意味・解説 

反対称交換相互作用

(ジャロシンスキー-守谷相互作用 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 11:13 UTC 版)

ジャロシンスキー・守谷ベクトルの向きは局所構造により決まる

物理学において、反対称交換相互作用(はんたいしょうこうかんそうごさよう、: Antisymmetric exchange)、またはジャロシンスキー・守谷相互作用: Dzyaloshinskii–Moriya interaction, DMI)とは、磁気交換相互作用のうち、2つの隣接する磁気スピン

鉄鉱石の主成分、α-Fe2O3ヘマタイト構造。

反対称交換相互作用の発見の端緒として、20世紀初頭に典型的には反強磁性を示すα-Fe2O3結晶が弱い強磁性を示すことが観測された[1]1958年イーゴリ・ジャロシンスキーランダウ2次相転移理論英語版に基いて反対称交換相互作用が相対論的スピン格子と磁気双極子相互作用に起因することの証拠を提示した[2]1960年、守谷亨はスピン軌道相互作用が反対称交換相互作用の微視的な機構であることをつきとめ[1]、この現象を「異方性超交換相互作用の反対称部分」と呼んだ。1962年ベル研究所のD. TrevesとS. Alexanderがこの用語を単純化して反対称相互作用と呼んだ。ジャロシンスキーと守谷の貢献をたたえてジャロシンスキー・守谷相互作用とも呼ばれる[3]

導出

DMIの関数形はアンダーソンによる超交換相互作用表式で書かれたイオン

α-Fe2O3およびα-Cr2O3のとるコランダム型結晶構造(赤:金属イオン、青:酸化物イオン

右図に示す結晶構造を持つ重金属酸化物は、金属イオンによって強磁性体にも反強磁性体にもなる。この構造は酸化アルミニウム(Al
2
O
3
)からなる鉱石にちなみコランダム型結晶構造とよばれ、R3c空間群に分類される。この構造はD63d空間群をもつα-Fe
2
O
3
およびα-Cr
2
O
3
と同一の単位胞を含む。右図から、4つのM3+イオンが菱面体単位胞の体対角線英語版[注釈 1]に沿って並んでいることがみてとれる。Fe
2
O
3
構造では、1つめと4つめの金属イオンが正で真ん中2つは負である。α-Cr
2
O
3
構造では、1つめと3つめの金属イオンのスピンが正で2つめと4つめのスピンが負である。両化合物はともに低温(<250 K)では反強磁性を示すが、α-Fe
2
O
3
はこの温度以上では構造を変化させ、総スピンベクトルが結晶軸からずれ、(111)基底面に沿って若干の角度をもつようになる。これによりFe
2
O
3
250 K以上では瞬時強磁性モーメントを示すようになるが、Cr
2
O
3
にはこの変化は起きない。したがって、これらの結晶構造に反対称交換相互作用が生じる原因は、イオンのスピン分布および総スピンモーメントのミスアライメント、そして結果として生じる単位胞の反対称性の組み合わせであるといえる[2]

応用

磁気スキルミオン

磁気スキルミオンは磁化場にあらわれるテクスチャである。 渦状スキルミオンとハリネズミ状スキルミオンがあるが、どちらもジャロシンスキー・守谷相互作用により安定化されている。スキルミオンはそのトポロジカルな性質から、次世代のスピントロニクスデバイスへの応用が期待されている。

磁性強誘電体

反対称相互作用は、近年発見された種類の磁性強誘電体英語版における磁場誘起電気分極の理解上も重要である。磁性強誘電体においては、磁気構造により配位イオンの微小変位が引き起こされることがある。これは、磁性強誘電体が格子エネルギーを犠牲にしても磁気相互作用エネルギーを増加させる傾向にあるためである。この機構は「逆ジャロシンスキー・守谷効果」と呼ばれる。特定の磁気構造のもとでは、全ての配位イオンが同一方向に変位を受け、全体として電気分極が引き起こされる[5]

この磁気電気結合のため、磁性強誘電体は電場の印加により磁気を制御する必要のある応用上注目されている。このような応用の具体例としてはトンネル磁気抵抗効果センサーや電場による調整機構つきのスピンバルブ、高感度交番磁場センサー、電気的調整機能つきマイクロ波デバイスなどが挙げられる[7][8]

ほとんどの磁性強誘電体はFe3+イオンとランタニドイオンを含む。下表によく知られている磁性強誘電体化合物の一部を示す。より多くの例については磁性強誘電体英語版の項を参照されたい。

磁性強誘電体の例
材料 強誘電体 TC [K] 磁性体TN (TC) [K] 種別
BiFeO
3
英語版
1100 653 孤立電子対
HoMn
2
O
5
39[9] 磁気駆動
TbMnO
3
27 42[10] 磁気駆動
Ni
3
V
2
O
8
6.5[11]
MnWO
4
13.5[12] 磁気駆動
CuO 230[13] 230 磁気駆動
ZnCr
2
Se
4
110[14] 20

関連項目

脚注

出典

  1. ^ a b c d T. Moriya (1960). “Anisotropic Superexchange Interaction and Weak Ferromagnetism”. Physical Review 120 (1): 91. Bibcode1960PhRv..120...91M. doi:10.1103/PhysRev.120.91. 
  2. ^ a b I. Dzyaloshinskii (1958). “A thermodynamic theory of "weak" ferromagnetism of antiferromagnetics”. Journal of Physics and Chemistry of Solids 4 (4): 241. Bibcode1958JPCS....4..241D. doi:10.1016/0022-3697(58)90076-3. 
  3. ^ D. Treves; S. Alexander (1962). “Observation of antisymmetric exchange interaction in Yttrium Orthoferrite”. Journal of Applied Physics 33 (3): 1133–1134. Bibcode1962JAP....33.1133T. doi:10.1063/1.1728631. 
  4. ^ F. Keffer (1962). “Moriya Interaction and the Problem of the Spin Arrangements in βMnS”. Physical Review 126 (3): 896. Bibcode1962PhRv..126..896K. doi:10.1103/PhysRev.126.896. 
  5. ^ a b S.-W. Cheong and M. Mostovoy (2007). “Multiferroics: a magnetic twist for ferroelectricity”. Nature Materials 6 (1): 13–20. Bibcode2007NatMa...6...13C. doi:10.1038/nmat1804. hdl:11370/f0777dfc-d0d7-4358-8337-c63e7ad007e7. PMID 17199121. https://www.rug.nl/research/portal/en/publications/multiferroics(f0777dfc-d0d7-4358-8337-c63e7ad007e7).html. 
  6. ^ Cyril Laplane; Emmanuel Zambrini Cruzeiro; Florian Frowis; Phillipe Goldner; Mikael Afzelius (2016). “High-precision measurement of the Dzyaloshinskii-Moriya interaction between two rare-earth ions in a solid”. Physical Review Letters 117 (3): 037203. arXiv:1605.08444. Bibcode2016PhRvL.117c7203L. doi:10.1103/PhysRevLett.117.037203. PMID 27472133. 
  7. ^ Gajek, M. (2007). “Tunnel junctions with multiferroic barriers”. Nature Materials 6 (4): 296–302. Bibcode2007NatMa...6..296G. doi:10.1038/nmat1860. PMID 17351615etal 
  8. ^ Nan, C. W. (2008). “Multiferroic magnetoelectric composites: Historical perspective, status, and future directions”. J. Appl. Phys. 103 (3): 031101–031101–35. Bibcode2008JAP...103c1101N. doi:10.1063/1.2836410etal 
  9. ^ Mihailova, B.; Gospodinov, M. M.; Guttler, G.; Yen, F.; Litvinchuk, A. P.; Iliev, M. N. (2005). “Temperature-dependent Raman spectra of HoMn2O5 and TbMn2O5”. Phys. Rev. B 71 (17): 172301. Bibcode2005PhRvB..71q2301M. doi:10.1103/PhysRevB.71.172301. 
  10. ^ Rovillain P. (2010). “Magnetoelectric excitations in multiferroic TbMnO3 by Raman scattering”. Phys. Rev. B 81 (5): 054428. arXiv:0908.0061. Bibcode2010PhRvB..81e4428R. doi:10.1103/PhysRevB.81.054428etal 
  11. ^ Chaudhury, R. P.; Yen, F.; Dela Cruz, C. R.; Lorenz, B.; Wang, Y. Q.; Sun, Y. Y.; Chu, C. W. (2007). “Pressure-temperature phase diagram of multiferroic Ni3V2O8. Phys. Rev. B 75 (1): 012407. arXiv:cond-mat/0701576. Bibcode2007PhRvB..75a2407C. doi:10.1103/PhysRevB.75.012407. http://repository.ust.hk/ir/bitstream/1783.1-18914/1/PhysRevB.75.012407.pdf. 
  12. ^ Kundys, Bohdan; Simon, Charles; Martin, Christine (2008). “Effect of magnetic field and temperature on the ferroelectric loop in MnWO4”. Physical Review B 77 (17): 172402. arXiv:0806.0117. Bibcode2008PhRvB..77q2402K. doi:10.1103/PhysRevB.77.172402. 
  13. ^ Jana R. "Direct Observation of Re-entrant Multiferroic CuO at High Pressures". arXiv:1508.02874 [cond-mat.mtrl-sci]。
  14. ^ Zajdel P. (2017). “Structure and Magnetism in the Bond Frustrated Spinel, ZnCr2Se4”. Phys. Rev. B 95 (13): 134401. arXiv:1701.08227. Bibcode2017PhRvB..95m4401Z. doi:10.1103/PhysRevB.95.134401etal 

注釈

  1. ^ 図では菱面体晶を六方晶表示しているため、菱面体単位胞の体対角線は図の単位胞の長軸に相当する。

ジャロシンスキー-守谷相互作用

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/27 07:54 UTC 版)

弱強磁性」の記事における「ジャロシンスキー-守谷相互作用」の解説

この弱強磁性、特に当時よく知られていたα-Fe2O3やMnCO3、CoCO3の弱強磁性にジャロシンスキー(I. Dzyaloshinsky)が理論的な説明与えたのは1958年の事である。彼は結晶の持つ対称性からの考察により、前述弱強磁性においては必ずしもスピンが完全に反平行にならず、わずかに傾いても良いことを示した。つまり、通常の反強磁性体においては二つ副格子存在しそれぞれが完全に逆向き例えば0度方向と180度方向)を向くが、結晶対称性によってはこの二つ副格子向きわずかにズレ例え5度方向175方向を向くようなことが許される。この場合、両副格子磁化は完全には打ち消されず、90方向打ち消されずに残った磁化自発磁化として現れることとなる。これが傾角反強磁性と言われる由来である。その後この様わずかに傾け相互作用対し守谷分子軌道論的、微視的な立場から説明与えた通常の交換相互作用においてはスピン間の相互作用1次摂動であり、スピン内積S1・S2に比例する形で書ける。このためスピンペアは平行、もしくは反平行(どちらがエネルギーが低いかは軌道の重なり依存する)の場合エネルギーが最低となる。一方守谷示したのは、スピン-軌道相互作用考慮した2次摂動スピン-軌道相互作用スピン励起し、これと隣接するスピン相互作用する項など)においては最終的に相互作用スピン外積S1×S2に比例する項となり、スピン同士90度の角度を持つときエネルギーが最低となると言うことである。この相互作用両名の名を取りジャロシンスキー-守谷相互作用(DM相互作用)と呼ばれる実際の系においてはDM相互作用加えて通常の交換相互作用も働くため、スピン同士90ではなく180度と90度のどこか(両相互作用強さの比に依存する)を向くこととなる。なお、DM相互作用相互作用する2スピンサイトの対称性強く依存する例えばよく知られたようにDM相互作用スピン入れ替えに対して反対称なければならないが、もし相互作用する2サイト間に(結晶学的に)反転対称存在する場合反転操作スピン入れ替え等しくなる。この場合結晶対称性からは反転操作スピン入れ替えに対してDM相互作用ハミルトニアン不変である必要があり、一方DM相互作用そのもの要請としてはスピン入れ替えに対して反対称なければならず、両方満たす唯一の解としてDM相互作用ゼロになる必要がある。つまり、ある2つスピン間にDM相互作用が働くためには、両者の間に反転対称性存在してならない

※この「ジャロシンスキー-守谷相互作用」の解説は、「弱強磁性」の解説の一部です。
「ジャロシンスキー-守谷相互作用」を含む「弱強磁性」の記事については、「弱強磁性」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「ジャロシンスキー-守谷相互作用」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ジャロシンスキー-守谷相互作用」の関連用語

ジャロシンスキー-守谷相互作用のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ジャロシンスキー-守谷相互作用のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの反対称交換相互作用 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの弱強磁性 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS