ゲティア問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/02 14:11 UTC 版)
ゲティア問題(英語: Gettier problem)は、認識論の分野でエドムント・ゲティアが提示した知識の定義に関する問題である。1963年に上梓した3ページの論文「正当化された真なる信念は知識か」("Is Justified True Belief Knowledge?")で、ゲティアはそれまで広く受け入れられていた知識のJTB説(正当化された真なる信念、justified true belief)に対する反例を提示した。
背景
この問題は、信念が知識であるための必要十分条件は何かというものである。
知識とは、正当化された真なる信念であるというのがプラトン以来の伝統であり[1]、これを知識のJTB説と呼ぶ。知識のJTB説によれば、ある人物 S が命題 P を知っているのは、
- P が真であり、
- S は P が真であると信じており、
- S の P が真であるという信念が正当化される[2]
ときかつそのときに限る。つまり、ある言明についてこの3つの条件(真、信念、正当化)が満たされていれば、その人物はこの言明の知識を持つとされる。
1963年の論文で、ゲティアはある言明に関する正当化された真なる信念を持ちながら、信念の根拠が偽であるため、言明の知識を持つことができない場合があることを2つの反例を通じて示した。
反例1
事案
- スミスとジョーンズは、ある会社の採用面接にきた。
- スミスは、「ジョーンズが採用され、かつ、硬貨が10枚ジョーンズのポケットに入っている」と信じるに足る理由を持つ。
- スミスは、この事実から「採用されるのは、硬貨が10枚ポケットに入っている者である」との命題を信じている。
- スミスは知らないことであるが、実際に採用されるのはスミスであり、かつ、スミスのポケットにも10枚の硬貨が入っていた。
検討
- スミスは、「採用されるのは、硬貨が10枚ポケットに入っている者である」という命題を信じている。
- 「採用されるのは、硬貨が10枚ポケットに入っている者である」という命題は真である。
- スミスは、「ジョーンズが採用され、かつ、硬貨が10枚ジョーンズのポケットに入っている」という事実から「採用されるのは、硬貨が10枚ポケットに入っている者である」との命題を信じたのであるから、その命題を信じるに足る理由を持つ。
JTB説によれば、3つの条件を満たしているから、スミスは、「採用されるのは、硬貨が10枚ポケットに入っている者である」という命題についての知識を持っていると結論付けられるように思われるが、実際には、スミス自身は、「スミスのポケットにも10枚の硬貨が入っていた」ことを知らないのであるから、スミスは、この命題について知識を持っているとはいえない。スミスは、「ジョーンズが採用される」と誤って信じているのである。
反例2
事案
- ジョーンズは、スミスの記憶する限り、これまでずっとフォードを所有し、かつ、ジョーンズは、スミスにフォードでドライブに行かないかとちょっと前に誘ったばかりである。
- スミスは、これらの事実から「ジョーンズはフォードを所有している」という命題を信じた。
- スミスには、他に友人のブラウンがいるが、スミスは現在の彼の居場所を全く知らない。
- スミスは、遊びで、以下の三つの命題を作った。
- ジョーンズはフォードを所有しているか、または、ブラウンはボストンにいるかのいずれかである。
- ジョーンズはフォードを所有しているか、または、ブラウンはバルセロナにいるかのいずれかである。
- ジョーンズはフォードを所有しているか、または、ブラウンは東京にいるかのいずれかである。
- スミスは知らないことだが、ジョーンズが乗っているのはレンタカーであって、フォードを所有していない。
- スミスは知らないことだが、ブラウンはバルセロナにいる。
検討
- スミスは、「ジョーンズはフォードを所有している」との命題を信じ、スミスの作った3つの命題はいずれも「ジョーンズはフォードを所有している」との命題を含意するものであるから、3つの命題のいずれも信じている。
- スミスが作った3つの命題のうちの1つである「ジョーンズはフォードを所有しているか、または、ブラウンはバルセロナにいるかのいずれかである」という命題は真である。
- スミスは、「ジョーンズは、スミスの記憶する限り、これまでずっとフォードを所有し、かつ、ジョーンズは、スミスにフォードでドライブに行かないかとちょっと前に誘ったばかりである」という事実から、その命題を信じ、スミスの作った「ジョーンズはフォードを所有しているか、または、ブラウンはバルセロナにいるかのいずれかである」という命題は「ジョーンズはフォードを所有している」との命題を含意するものであるから、その命題を信じるに足る理由を持つ。
JTB説によれば、3つの条件を満たしているから、スミスは、「ジョーンズはフォードを所有しているか、または、ブラウンはバルセロナにいるかのいずれかである」という命題についての知識を持っていると結論付けられるように思われるが、実際には、スミス自身は、「ブラウンの現在の居場所を全く知らない」のであるから、スミスは、この命題について知識を持っているとはいえない。
影響
ゲティアの論文は大きな反響を呼んだ。
The Cow in the Fieldと呼ばれるシナリオでは、こうした信念の根拠が「事実上」不完全である状況が描き出されている。
脚注
- ^ Heathwood, Chris. "The JTB Theory" (英語). University of Colorado Boulder. 2024年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月2日閲覧。
- ^ ここで何が「理由」とみなされるべきかという問題はそれ自体複雑なものではあるが、理由とは関係的なものであって、単に非合理的な信念ではなく、「事実」に基づいていなければいけないと考えられているのは確かである。
参考文献
- 中山康雄「正当化の帰属説を用いた命題的知識の分析」『大阪大学大学院人間科学研究科紀要』第35号、大阪大学大学院人間科学研究科、2009年3月、193-206頁、doi:10.18910/10211、ISSN 1345-8574、NAID 120004844399。
外部リンク
ゲティア問題
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詳細は「ゲティア問題」を参照 プラトンはテアイテトス(210a)とメノン(97a-98b)の中で、「知識」が正当化された真なる信念として定義される可能性があることを示唆している。2000年以上にわたり、この知識の定義は、後に続く哲学者によって補強され、受け入れられてきた。情報の正当性、真実、信念といった項目は、知識の必要かつ十分な条件と見なされてきた。 1963年、エドムント・ゲティア(en:Edmund Gettier)は、哲学の査読付き学術誌である論文誌"Analysis"に「正当化された真なる信念は知識か」と題する論文を掲載した。この論文は、一般的に理解されている「知識」の意味に従わない、正当化された真なる信念の例を提示するものであった。(人が命題についての確たる証拠を持っているように見え、その命題は実際に真であるが、その明らかに見える証拠は命題の真偽に因果関係がないというケース。) ゲティアの論文は現代認識論の出発点と言える問題であり、この問題に対して多くの哲学者が「知識」の修正基準を提示した。しかし、提示されている変更された定義のいずれを採用するかについて、いまだ一般的なコンセンサスはない。 最後に、もし不可謬主義が正しいなら、それはゲティア問題を確実に解決しているように見えるだろう。不可謬主義は、知識が確実性を、私たちが知識に到達できるよう、断絶に橋を渡してくれるような確実性を必要としているという。すなわちこれは私たちが知識について十分な定義を持てるだろうことを意味する。しかし、哲学者/認識論者の圧倒的多数によって、不可謬主義は否定されている。
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