クスノキの場合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/08 00:56 UTC 版)
そのようなダニ室にまつわる問題の複雑さを示す例がクスノキの場合である。クスノキの葉におけるダニ室の存在は古くから知られていたが、それに多形があることが示唆されたのが1968年で、その内部に捕食性あるいは菌食性のダニ以外に植食性のフシダニ科 Eriophyidae のものがいることが報告されたのが1989年である。 笠井はこれについて研究し、以下のような結果を得た。 クスノキのダニ室に見られる主なダニは捕食性のケボソナガヒシダニと植食性のフシダニの1種(sp.1)があり、またやはり捕食性のコウズケカブリダニはダニ室の周辺で見られた。他にクスノキの葉に虫瘤を作るフシダニの1種(sp.2)がある。 クスノキの作るダニ室は入り口の広いタイプと狭いタイプがある。 フシダニsp.1は春には前年葉に見られ、葉が展開するに連れてそちらに移動し、次第に密度が上がる。 コウズケカブリダニはこのsp.1を捕食し、その密度の推移はsp.1の密度の変化と平行して変化する。ダニ室を塞ぐとこのダニの密度が下がり、このダニはダニ室から分散するsp.1を餌とすることで葉の上に定着していると考えられる。 ダニ室を塞いでコウズケカブリダニの密度が下がった葉ではsp.2に依る虫瘤の密度が増し、葉面積が半分にまで減少する被害を生じた。 ケボソナガヒシダニは入り口の広いダニ室の方に多く、これを塞ぐとやはりsp.2に依る被害が増加した。 このような結果から、彼は次の2点を結論とした。 1:クスノキのダニ室は1つには捕食性のケボソナガヒシダニの隠れ家として働くことでこのダニの定着を促進し、それによってクスノキはフシダニsp.2の被害を抑制する。 これは従来のダニ室の役割に関する共生仮説に沿うものである。それに対して 2:これらのダニ室はフシダニsp.1の隠れ家としても機能し、ここでこのダニが増殖する。これはもちろんクスノキを害するものではあるが、このダニは捕食性のコウズケカブリダニの餌となることでこの種の定着を促し、これはより被害の大きいsp.2の抑制に働く。 つまりダニ室は捕食性ダニの餌になる植食性ダニを増殖させる機能をも持ち、より被害の大きい植食性の種の抑制に機能する。ここに植物と植食性動物、それに捕食性動物という双利共生関係が認められる。これはダニ室の機能としてこれまで考えられてこなかったものである。 しかしこの第2点については異論も持ち上がっている。西田は「植物に害を与えかねないダニ」がわざわざ植物側が作ったダニ室内で増殖することを疑問視し、笠井の説を引きつつも納得出来ないとの姿勢である。西田によるとフシダニは個体数が春に最小になるが、これは秋になるとダニ室の入り口が小さくなってダニが閉じ込められてしまい、春に葉が入れ替わる際にダニを閉じ込めたまま落葉するので、このダニ室はフシダニを閉じ込めて排除する器官である、との判断である。
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