カンとカアンとは? わかりやすく解説

カン(ハン)とカアン(ハーン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 10:03 UTC 版)

ハーン」の記事における「カンハン)とカアンハーン)」の解説

12世紀モンゴル高原では、「カン(Qan)」はモンゴルケレイトナイマンなど部族の長が名乗る称号君主号)であり、モンゴル帝国築いたチンギス・ハーンも、彼の在世当時チンギス・カンingγis Qan/Činggiz Qan)と称していた。しかし、チンギス・カン継いでモンゴル帝国第2代君主となったオゴデイは、恐らくモンゴル帝国の最高君主が他のカンたちとは格の異なった存在であることを示すために、古の「カガン」を復活させた「カアン(qa'an, qaγan)」という称号採用し、のちにモンゴル帝国の最高君主建てた元王朝も「カアン」の称号受け継いだ帝国西部位置するテュルク系国家西遼などの旧領では、最高指導者を「カーン(khaqan、qa'an)」と呼ぶ慣習があったため、貨幣発行などの事例により、1220年代頃から「カン」と「カーン」の使い分け次第にみられ、帝国東部でも1254年1257年印された『少林寺蒙漢合璧聖旨碑』のウイグル文字モンゴル語文/漢文が、それぞれカン/罕」から「カーン/合罕」へ切り替わっている事から、正式に大モンゴル国最高指導者呼称を「カアン」と定めたのは1250年代考えられている。 これに対してモンゴル帝国西部チャガタイ・ウルスチャガタイ・ハン国)、ジョチ・ウルスキプチャク・ハン国)、フレグ・ウルスイルハン朝)系の地方君主では「カンハン)」号が使用された。やがてこうしたモンゴル帝国諸王の「カンハン)」号がペルシア語では「ハーン خان khān」(ペルシア語では長母音となる)と表記発音されたため、アラビア文字使用圏では「ハーン(khān)」と「ハン(χan)」という2通り表記生まれ現代書籍においてもモンゴル帝国中央のハーン」と他地方の「ハンハーン」の混同みられることがある。 なお、ペルシア語では、モンゴル帝国皇帝称号である「カアン」を、「カーアーン( قاآن qā'ān)」あるいは「カーン( قآن qān/qa'ān)」と表記しており、モンゴル語の「カン(qan)」に由来するハーン( خان khān)」の表記とははっきり区別されていた。ティムール朝史料では例外として「ハーカーン」という名称をチャガタイ・ウルスなどのチンギス家の君主たち、あるいはティムール朝君主雅称として形容的に使われるが、オゴデイ以下のモンゴル皇帝たるカアンに対しては、もちろん「カーアーン」という語を使用している。例外除きジョチ・ウルス系の君主始め西方テュルク語ペルシア語圏の君主に対しては「カーアーン」は使われていない

※この「カン(ハン)とカアン(ハーン)」の解説は、「ハーン」の解説の一部です。
「カン(ハン)とカアン(ハーン)」を含む「ハーン」の記事については、「ハーン」の概要を参照ください。

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