オーステナイト安定度
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 15:54 UTC 版)
「オーステナイト系ステンレス鋼」の記事における「オーステナイト安定度」の解説
オーステナイトが常温でも安定に存在するのがオーステナイト系ステンレス鋼であるが、オーステナイト系であっても、オーステナイトが常温で熱学的に安定ではない鋼種も多い。そのような鋼種の場合、常温ではオーステナイトの自由エネルギーと比較してマルテンサイトの自由エネルギーが小さい状態にある。そのため、常にマルテンサイト変態が起ころうとする駆動力がオーステナイトに働いている。しかし、駆動力が実際に変態を起こすのに充分ではないため、マルテンサイト変態が起きず、オーステナイトの状態が保たれている。このような熱力学的に不安定な状態のオーステナイトを準安定オーステナイトと呼ぶ。準安定オーステナイトであっても、常温長期間放置中に勝手に相変態を起こして平衡状態に達するようなことはない。 しかし、組織中の準安定オーステナイトに塑性変形に加わると、準安定オーステナイトの一部または全部がマルテンサイト変態を起こす。塑性変形による力学的な仕事が加わることでマルテンサイト変態を起こすための駆動力を満たし、このようなマルテンサイト変態が生じる。外力が加わることによって発生するマルテンサイト変態を加工誘起マルテンサイト変態、そのマルテンサイトを加工誘起マルテンサイトと呼ぶ。次の実験式が、それぞれの材料の組成から加工誘起マルテンサイト変態に対するオーステナイト安定度の目安を与える。 Md30 = 551 − 462 × (C + N) − 9.2 × Si − 8.1 × Mn − 13.7 × Cr − 29 × (Ni + Cu) − 18.5 × Mo − 68 × Nb − 1.42 × (ν − 8.0) ここで、Md30 は 30% のひずみを与えた時に 50% の加工誘起マルテンサイトが発生する温度(℃)である。C, N, Si, Mn, Cr, Ni, Cu, Mo, Nb は各元素量(mass%)で、ν はASTM規格の結晶粒度番号である。材料の Md30 の値が小さいほどオーステナイトは安定といえる。 あるいは、組織中の準安定オーステナイトは、極低温まで冷やされた場合も、準安定オーステナイトの一部または全部がマルテンサイト変態を起こす。この場合は、マルテンサイト変態が自動的に開始する温度(Ms点)がオーステナイト安定度の目安である。オーステナイト系に関して各合金元素量からMs点を予測する実験式として、 Ms = 502 − (810 × C + 1230 × N + 13 × Mn + 30 × Ni + 12 × Cr + 54 × Cu + 46 × Mo) がある。ここで、Ms はMs点(℃)で、C, N, Mn, Ni, Cr, Cu, Mo は各元素量(mass%)である。具体的なMs点としては、17Cr-7Ni の SUS301 で約−10 ℃、18Cr-8Ni の SUS304 で約−50 ℃、25Cr-20Ni の SUS310S で約−150 ℃ 以下である。 加工誘起マルテンサイト変態や低温でのマルテンサイト変態を起こすオーステナイト系ステンレス鋼は、準安定オーステナイト系ステンレス鋼と呼ばれる。一方、オーステナイト安定度が高い場合は加工を施してもオーステナイトが保たれる。このようなオーステナイト系の鋼種は安定オーステナイト系ステンレス鋼と呼ばれる。あるいは、加工誘起マルテンサイト変態を起こしやすいものを「不安定」、加工誘起マルテンサイト変態を起こさないものを「安定」、不安定と安定の中間ぐらいのものを「準安定」と呼び、オーステナイト系を分類することもある。オーステナイト系標準鋼種の18Cr-8Niステンレス鋼は準安定オーステナイト系ステンレス鋼に相当する。JISでは、SUS301が不安定、SUS310Sが安定のオーステナイト系鋼種である。それぞれの組成例を以下の表に示す。 不安定加工硬化オーステナイト系の組成例規格材料記号CMnPSSiCrNiNMoISO X5CrNi17-7 0.07以下 2.00以下 0.045以下 0.030以下 1.00以下 16.0–19.0 6.0–8.0 0.11以下 - EN 1.4310 0.05–0.15 2.00以下 0.045以下 0.015以下 2.00以下 16.0–19.0 6.0–9.5 0.11以下 0.80以下 ASTM 301(S30100) 0.15以下 2.00以下 0.045以下 0.030以下 1.00以下 16.0–19.0 6.0–8.0 0.10以下 - JIS SUS301 0.15以下 2.00以下 0.045以下 0.030以下 1.00以下 16.00–18.00 6.00–8.00 - - 安定オーステナイト系の組成例規格材料記号CMnPSSiCrNiNISO X8CrNi25-21 0.10以下 2.00以下 0.045以下 0.015以下 1.50以下 24.0–26.0 19.0–22.0 0.11以下 ASTM 310(S31008) 0.08以下 2.00以下 0.045以下 0.03以下 1.50以下 24.0–26.0 19.0–22.0 - JIS SUS310S 0.08以下 2.00以下 0.045以下 0.030以下 1.50以下 24.00–26.00 19.00–22.00 -
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