インドの錬金術
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インド錬金術の歴史は、紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけてインドで編纂された ヴェーダに端を発し、紀元前4世紀のカウティリヤの実利論も錬金術にふれている。インドの練金術者は27人の達人の名前が「ラサラトナ・サムッチャヤ」という本に記載され、その中に龍樹が含まれる。龍樹には「龍樹菩薩薬方」「龍樹菩薩養生方」「龍樹菩薩和香方」「龍樹眼論」などの著述がある。この「眼論」により、龍樹が眼科医の祖とされることもある。「ラサラトナーカラ」というベンガルで発見された錬金術のタントラ(密教)の写本は、大乗仏教のタントラである。これらと中国仏教の三蔵の中に見いだせるものと比較すると、他の金属を金に変えるハータカという薬液や石汁ともいわれる山水シャイローダカなどが共通しており、中国の錬金術との類似点となっている。これらはインドのものが中国に密教とともに伝わったのではないかとされている。これに次ぐ錬金術書としては、カルカッタのアジア協会の図書館に秘蔵されている「ラサールナヴァカルパ」がある。 インド錬金術については、タントラ教やインド伝統医学も影響を与えたとされる。 水銀は通常は液体であって人間の精神と同様に流動的であるが、固形化されると、人間の精神集中をもたらすという。
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