オリョール (戦艦)とは? わかりやすく解説

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オリョール (戦艦)

(アリョール (戦艦) から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/09 14:52 UTC 版)

オリョール
Орёл
1904年にクロンシュタットにて撮影された、竣工間もない艦隊装甲艦オリョール
艦歴
起工 1900年5月20日 ガレールヌイ島造船所
進水 1902年7月6日
竣工 1904年10月1日
所属 ロシア帝国海軍バルチック艦隊
捕獲 1905年5月15日
要目
艦種 艦隊装甲艦
艦級 ボロジノ級
排水量 基準排水量 13516 t
満載排水量 15275 t
全長 121.0 m
全幅 23.2 m
喫水 8.9 m
機関 バルト工場式
直立型3段膨張式蒸気機関
2 基
ベルヴィル式ボイラー 20 基
出力 15800 馬力
推進用スクリュープロペラ 2 基
プロペラシャフト 2 軸
石炭燃料 通常積載量 787 t
最大積載量 1235 t
速力 17.6 kn
航続距離 3200 nm/10 kn
乗員 士官 28 名[注釈 1]
下士官兵 754 名[注釈 2]
武装 40口径12インチ連装砲英語版 2 基
45口径6インチ連装砲英語版 6 基
50口径75ミリ砲英語版 20 門
ホッチキス QF 3ポンド砲 20 門
15インチ魚雷発射管 4 門
装甲 材質 クルップ鋼
主要装甲帯 194 -145ミリ
主砲塔 11インチ(254ミリ)
甲板 1 - 2インチ(25 - 51ミリ

オリョールロシア語: Орёл アリョール)は、ロシア帝国で建造された戦艦である。ロシア帝国海軍では艦隊装甲艦эскадренный броненосец)に分類された。いわゆる前弩級戦艦であるボロジノ級の3番艦。艦名はロシア語で「」を意味しているが、これはビザンツ帝国から受け継いだロシア皇帝の紋章である「双頭の鷲」を表している。「オリョール」は、1667年ロシア海軍最初の本格的な軍艦であったオリョール (フリゲート)英語版に命名されて以来、ロシア海軍の主力艦に用いられ続けてきた由緒ある艦名であるが、2018年現在、本艦がその名を持つ最後の艦となっている[注釈 3]

艦歴

サンクトペテルブルクのガレールヌイ島造船所で建造。1899年10月26日/11月7日[1]建造開始[2]。1900年5月20日/6月1日起工[2]。1902年7月6日/19日進水[2]。1904年5月に艤装を行うためクロンシュタットへ移ったが、その際に座礁した[3]

1904年10月1日ユリウス暦、以下同じ)就役。

オリョールの艦長には、1904年4月26日付けでニコライ・ユーンク英語版海軍大佐が着任した。日露戦争へ参加するため、姉妹艦3 隻および二等防護巡洋艦ジェームチュクとともに第2太平洋艦隊(バルチック艦隊)第1装甲艦隊[注釈 4]を編成し、極東へ派遣された。

1905年5月14日(グレゴリオ暦では5月27日)の日本海海戦では、オリョールは、第2太平洋艦隊の主力戦艦5隻(第2太平洋艦隊旗艦クニャージ・スヴォーロフインペラートル・アレクサンドル3世ボロジノ、オリョール、オスリャービャ)の中で、沈没を免れた唯一の艦となった[4]。しかし、オリョールは大損害を受け、備砲の大半を破壊された[4]。前部12インチ主砲塔の左砲は[5]、砲戦のさなかに起きた膅発により[6]、砲口から約1間(1.8メートル)の個所で切断した[5]

「オリョール」では43名が戦死し、約80名が負傷した[3]。ユーンク艦長も重傷を負った。

5月14日の戦闘の終了後、水線上に多大な被害を受けてかなりの浸水があったものの航行可能であったオリョールは[5]、戦艦インペラートル・ニコライ1世海防戦艦ゲネラル=アドミラル・アプラクシン、同アドミラル・セニャーヴィン、二等防護巡洋艦イズムルート英語版からなるニコライ・ネボガトフ海軍少将が指揮する残存艦隊と合流した。5月15日、残存艦隊は日本艦隊に包囲され、ネボガトフ少将は降伏し、オリョールを含む残存艦隊の艦船は大日本帝国海軍拿捕された。

5月14日の戦闘で重傷を負っていたユーンク艦長は5月16日に死去し、部下将兵の願いにより水葬に付された。

オリョールは大日本帝国海軍の戦艦「石見」となり、1922年に除籍され、1924年に実艦標的として海没処分された。

その他

1932年1935年にはオリョールの水兵だったアレクセイ・ノビコフ=プリボイが自身の海戦体験を綴った「ツシマ」を発表し、1955年には造船技師としてオリョールに乗り込んだウラジミール・ポリエクトヴィッチ・コスチェンコが、海戦の回想録『 На «Орле» в Цусиме(オリョール上のツシマ)』(邦題:『捕われた鷹』・『もうひとつのツシマ ロシア造船技術将校の証言』)を公刊した。

ギャラリー

脚注

注釈

  1. ^ 日本海海戦の直前には士官30名が乗艦していた。
  2. ^ 日本海海戦の直前には下士官兵約830名が乗艦していた。
  3. ^ 「オリョール」を艦名とする場合、いくつかの由来が考えられる。ひとつは単純に鳥類の「鷲」、ひとつはロシア皇帝の紋章としての「鷲」、もうひとつはロシアの都市である「オリョール市」である。戦艦の艦名には有名な合戦のあった地名・都市名が用いられることもあるが、オリョール市については戦艦の名の由来となるほどの合戦は行われていないため、第二の意味であると考えられる。この艦が最後なのは、上記第二の意味での用例についてである。第一および第三の意味では、現代に至るまで複数の用例がある。同名艦については関連項目参照のこと。
  4. ^ 日本語での訳し分けが困難であるが、ロシア語でいえば第2太平洋艦隊の場合の「艦隊」は эскадра(単一司令官の指揮下にある大艦隊)、第1装甲艦隊の場合は「装甲艦」の「隊」、すなわち отряд(任務ごとに分かれた部隊、分遣隊)である。

出典

  1. ^ ユリウス暦/グレゴリオ暦
  2. ^ a b c Stephen McLaughlin, Russian & Soviet Battleships, p. 136
  3. ^ a b Stephen McLaughlin, Russian & Soviet Battleships, p. 146
  4. ^ a b 大江 1999, pp. 227–232, III章 日露戦争と日本海海戦-バルチック艦隊の壊滅
  5. ^ a b c 敵の降伏艦降伏時に於ける船体の状態(1) レファレンスコード C09050746300”. アジア歴史資料センター. 2018年10月11日閲覧。
  6. ^ 別宮 1999, pp. 305–309, 第11章 日本海海戦-魔の二十八発目

参考文献

  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • Ref.C05110101900「第61号 日本海海戦後に於る捕獲艦「アリヨール」(石見)の写真3葉」
    • Ref.C09050746300「敵の降伏艦降伏時に於ける船体の状態(1)」
    • Ref.C05110102000「第62号 捕獲船「アリヨール」破損箇所見取略図2葉」
    • Ref.C05110202200「第8 露国戦艦「アリヨール」艦歴」
    • Ref.C09050735300「戦利艦押収書類翻訳(戦艦「アリヨール」艦歴)(1)」
    • Ref.C09050735400「戦利艦押収書類翻訳(戦艦「アリヨール」艦歴)(2)」
    • Ref.C09050735500「戦利艦押収書類翻訳(戦艦「アリヨール」艦歴)(3)」

関連項目

  • オリョール (フリゲート)英語版
  • 初代ガレー船オリョール(1719年型)
  • 2代ガレー船オリョール(リューリク級)
  • 3代ガレー船オリョール(ブィーストラヤ級)
  • 4代ガレー船オリョール(オリョール級)
  • 初代戦列艦オリョール(オリョール級)
  • 2代戦列艦オリョール(オリョール級)
  • 機帆走戦列艦オリョール(オリョール級)
  • 水雷艇オリョール(ドラコーン級)
  • 警備艦オリョール(29 設計)
  • 大型対潜艦オリョール(61 設計
  • 1160号計画「オリョール」型原子力航空母艦
  • 1153号計画「オリョール」型原子力航空母艦
  • 国境警備艦オリョール11351 設計
  • 原子力潜水ミサイル巡洋艦オリョール(949A号計画型
  • 病院船オリョール(同時代に存在し、日本海海戦にも同行している。信濃丸に発見されたのはこちらの方である。)

外部リンク




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