『Rescuing Justice and Equality』
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/24 06:17 UTC 版)
「ジェラルド・コーエン」の記事における「『Rescuing Justice and Equality』」の解説
コーエンは、本書においてジョン・ロールズに代表されるリベラルの思想から「平等」と「正義」の価値の救出をそれぞれ第一章、第二章で試みている。ロールズ理論の「平等」に対するコーエンの主要な批判は、ロールズの格差原理が才能豊かな人々に対する(社会的、経済的豊かさなどの)インセンティブ(誘引、動機付け)を是認することで「平等」の価値を犠牲にしているという点である。コーエンによれば、そのようなインセンティブがなかった場合に裕福な人々が自身の労働投入量を減少させるというのは、標準的なケースにおいては、客観的な事実ではなく彼らの意思によるものとされる。コーエンはこの状況を、裕福な人々はそのようなインセンティブなしでも熱心に働けるのにもかかわらず、暮らし向きの悪い人々に対して追加のインセンティブを要求しているという風に描写する。この描写をコーエンは、子供を誘拐した犯人が子供の両親に対して「身代金を支払わなければ私は子供を返さない」という例と類比する。ここでも、誘拐犯が子供を返さないというのは客観的事実ではなく、彼の意思による可変的事実である。そして、誘拐犯の主張が道徳的に認められないように、裕福な人々によるインセンティブの主張も道徳的に認められないのではないかとコーエンは主張する。そして、このような道徳的に認められない主張は、ロールズの格差原理が表現するとされる「友愛」の価値と矛盾すると指摘する。こうして、ロールズは「インセンティブ」と「友愛」の二者択一を迫られるが、コーエンは「友愛」を選ぶべきだと主張し、そのためには格差原理が厳格に諸個人の日常生活における諸選択にも適用しされ、人々は「平等主義的エートス」を持つ必要があると論じる。 「正義」に対する主な批判は、ロールズ的な構成主義によって導出されるのは、正義それ自体のような根源的諸原理(fundamental principles)ではなく、それらから派生する規制の諸ルール(rules of regulation)であり、ロールズがそれら二つの区別に失敗しているという点である。ロールズが原初状態において、特定の一般的諸事実に基づいて正義の原理が選択されると論じる一方で、コーエンによれば、「根源的諸原理」はいかなる諸事実にも基づかないものであり、人々によって「選択」される対象ではないとされる。諸事実に基づき、人々によって選択されるのは、道具的な役割によって根源的諸原理を等の諸原理の持つ価値に役立つ「規制の諸ルール」であり、したがってロールズは「根源的諸原理」と「規制の諸ルール」を誤って同一視しているとコーエンは批判を行う。
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