『現代の表現思想』および『身体・表現のはじまり』
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「亀井秀雄」の記事における「『現代の表現思想』および『身体・表現のはじまり』」の解説
『現代の表現思想』(講談社、1974年)は、19世紀のフランスで〈発見〉された野生児に言葉を教えようとした聾唖学校の若い教師の報告を分析しながら、人間が言語を獲得する過程を、マルクスの『経済学・哲学手稿』における感性の生産という観点と、フッサールの現象学における〈志向〉概念との両面から考察した。亀井はメルロ=ポンティ(モーリス・メルロー=ポンティ)から学んだ身体論によって、マルクスとフッサールの統合をはかろうとし、フッサールの〈志向〉という概念を、〈視向〉という概念に作り替えている。また、幼児が鏡に映る自分の像を「私」と認識できるようになるプロセスと、一人称単数の「私が」という主語を使うようになるまでのプロセスを考察し、自己意識とは外部に現れた自己像が内面化されたものだという考えを展開した。 『身体・表現のはじまり』(れんが書房新社、1982年)は『現代の表現思想』の改訂版であるが、亀井の『表現思想』の後、哲学の領域でブームのように現れた身体論を批判的に検討しながら、亀井自身の身体論の精密化をはかっている。
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