美津和タイガー 美津和タイガーの概要

美津和タイガー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/02/18 18:51 UTC 版)

美津和タイガー株式会社
Mitsuwa-Tiger Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
590-0968
大阪府堺市堺区南旅籠町西2丁目1番30号
設立 1947年
業種 その他製品
事業内容 虎印野球用品ほか各種スポーツ用品の製造・卸・販売
代表者 代表取締役 深江豊治
資本金 1000万円
従業員数 3人
外部リンク http://www.mitsuwa-tiger.com
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」「タイガー」という登録商標を有するメーカーで、主に虎印ブランドバット(虎印バット)・グラブ(虎印グローブ)を製造・販売。グラブの製造については、全ての作業を日本国内で賄っている。

概要

前身は、現在の社長・深江豊治の父が1947年大阪市北区曽根崎で設立した株式会社美津和運動用品店。店名の「美津和」は、深江の実父を含む3名の共同経営であったことに端を発している。

1965年に現在の社名へ変更すると、1970年代からは、阪神タイガース(阪神)の主力選手(江夏豊藤田平掛布雅之)や落合博満などのプロ野球選手とアドバイザリースタッフ契約を締結。掛布は一時、当社のテレビCMにも出演していた。

1980年代の前半には、「虎印(ダブル)圧縮バット」「虎印DDグローブ」といったオリジナル製品のヒットなどによって、およそ180億円もの売上高を記録するほどにまで成長した[1]。最盛期には、阪神の公式グッズも製造。同球団の本拠地阪神甲子園球場では、1・3塁側ダックアウトの屋根の上に長らく虎印ブランドの看板を設置したほか、春夏の高校野球全国大会期間中には出場校の選手向けに無料のサービスショップを開設していた[2]

しかし、事業の拡大に失敗した影響で、1985年2月20日に破産。虎印ブランドの所有権も、第三者に売却せざるを得なくなった。ただし、野球用品メーカーとしての技術や対応を高く評価していた掛布は、会社の再起を期待しながら破産後も同年のシーズン終了まで虎印のバットを使用。公式戦で40本塁打・打率3割・108打点を記録するとともに、チームを史上初めての日本シリーズ制覇に導いた[3]。さらに、破産当時の社員を再就職先が決まるまでスタッフとして雇用することを前提に、自宅付近でスポーツカジュアル用品店「スポーツハウス・フィールド31」をオープン。この開店をきっかけにサイドビジネスへ手を広げつつ、全員の進路が決まるまで営業を続けた[4]

破産当時の副社長だった深江は、1990年代前半から2年以上にわたって交渉を続けた末に、1996年虎印ブランドの所有権を買い戻すことに成功。1998年に会社の清算を完了させると、かつての社員1名と共同で現在の会社を設立するとともに、社名および商標を継承した。後に深江は、設立に至った背景に、掛布に加えてファンや破産前の取引先からも虎印ブランドの復活を求められたことを挙げている[3]。ちなみに、現在の本社がある建物は、破産前まで倉庫として使われていた。

新会社の設立後は、日本国内でのグラブ生産を続けながら、製品の販路をインターネットにおける日本国内限定の通信販売に特化。その一方で、阪神球団から公式グッズの製造を再び受注した[3]ほか、破産前のアドバイザリースタッフだった掛布・落合のモデルを復刻している。ただし、肖像権などの関係で選手名の使用が制約されることから、当初の復刻モデルでは掛布・落合が当時所属していたチームのアルファベット名の頭文字と背番号を名称に用いていた[5]

なお、掛布が阪神のゼネラルマネジャー付育成&打撃コーディネーター(DC)へ就任した2013年には、12月16日に「虎印復活」と銘打った掛布同席の記者発表会を東京で開催。破産時点では日本へ出店していなかった外資系スポーツ用品量販店・スポーツオーソリティでの店舗限定販売を皮切りに、破産から28年振りにスポーツ用品店での販売を再開する[1]ほか、掛布の名を冠した「タイガーT-31掛布型復刻モデル」のバットやグラブを受注生産方式で販売することを発表した[6]

主な商品

いずれも現行会社のもの。

  • ペナントキング - 旧会社から継承されたバットのサブブランド。現在はヘッドを重くして打球の飛距離を延ばすことに特化したものに冠されている。
  • レボルタイガー - グリップを「J」の形状にしたバット。

  1. ^ a b 「虎印」、28年ぶり復活=野球用品店舗販売-美津和時事通信2013年12月16日付配信記事])
  2. ^ a b 美津和タイガー公式サイト「野球博物館」1971年カタログによる歴史探訪
  3. ^ a b c 深江豊治「とにかく再建せな!掛布選手の励ましを胸に13年の道のり」(「BPnet SAFETY JAPAN2016年1月31日付特集記事「どん底からの復活! 」)
  4. ^ 田所龍一の球界よもやま話(「産経ニュースwest2013年6月11日付記事)
  5. ^ 掛布モデルの名称は、阪神「タイガース(Tigers)」と背番号(31)から“T-31”。落合モデルの名称は、ロッテ「オリオンズ(Orions)」と背番号(6)から"O-6"。
  6. ^ 掛布DC現役時代の「虎印復活」(『デイリースポーツ』2013年12月16日付記事)
  7. ^ 美津和タイガー公式サイト「野球博物館」1972年カタログによる歴史探訪 pp.1
  8. ^ a b c d e 美津和タイガー公式サイト「野球博物館」1980年カタログによる歴史探訪 pp.1
  9. ^ a b c d 美津和タイガー公式サイト「野球博物館」1985年カタログによる歴史探訪 pp.1
  10. ^ a b c d e f g 美津和タイガー公式サイト「野球博物館」1980年カタログによる歴史探訪 pp.7
  11. ^ a b 美津和タイガー公式サイト「野球博物館」1980年カタログによる歴史探訪 pp.3
  12. ^ 美津和タイガー公式サイト「野球博物館」1980年カタログによる歴史探訪 pp.5


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